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Episode 541 工夫の中身が違うのです。

ジム・アボット(Jim Abbott)投手は、私たちの世代ではかなり有名なベースボール・プレイヤーで、先天性右手欠損というハンディキャップを抱えながらプレーしたことで知られている方なのです。
そのプレースタイルは独特で、Wikipediaには…

巧みにグラブを持ち替えて、左手のみで投球、捕球、送球を行うグラブスイッチ(別名「アボット・スイッチ」)と呼ばれる投法を用いた。
右利き用のグラブを右手の手首の上に乗せ、左手での投球の直後にそのグラブを左手にはめ直し、打球を捕球した後は素早くボールごとグラブを右脇に抱えて外し、左手でボールを取り出して送球した。
それでも、彼の守備は平均以上であったとの統計が残っている。

…と書かれているのです。
私の知る限りで、「片手がない」というハンディキャップを持ったMLBプレイヤーは、彼以外に知りません。
Wikipediaの記事の通り、彼は「グラブスイッチ」と呼ばれる独自の「技術」を編み出し、野球を志した誰もが憧れるメジャーの舞台に立ち、1993年9月にはヤンキースタジアムでインディアンズと対戦し、ノーヒット・ノーランを達成する大記録を打ち立てるのです。

私が何でこのハナシをしたのか…というと、「ライフハック」は個人が生み出した「上手くいく方法」なのだ…ということをお話ししたかったからです。
この方法は右手首から先がない彼がプレーするには理に適った方法だったのです…が、果たして彼以外の誰かがやってみて、上手くいくかは…かなり難しいでしょうねぇ。
この技術は「アボット・スペシャル」であって、万人に等しく利益のある方法ではないワケです。
何を当たり前のことを…と思うかも知れませんが、これこそが「ライフハック」の本質だと私は思っているのですよ。
つまりね、ライフハックとは「個人が生み出した、その人なりの上手くいく方法」だってことです。
だから、汎用性の範囲は個人の能力によってしまう、あなたができるから私もできる…にはならないワケです。

ところで…私は左利きで、食事をするときには箸を左手で使うのですよ。
今は時期的に機会が少なくなっていますが、みんなで集まって食事などをする時、「左利きの肘がジャマになる」経験って一度くらいあるのではないかな…と思います。
左利きの人が右側に座ると、隣の右利きの人と「利き手が干渉する」ことがあるワケです。
だから、必然的に左利きは左側の席を選ぶことが多くなるのです。
私もパートナーとラーメン屋や寿司屋のカウンターに座って…って時、特別な事情がなければ「私がパートナーの左側になるように席に着く」ことが多い、それが気を使わなくて済む方法だからです。

私はこの「左利きの人に左側の席を譲る」ということこそが合理的配慮だと思うのですよ。
恐らく、上座下座などの「社会的な席順」が幅を利かすようなことがないのならば、左利きの私が「左端の席に座りたい」と申し出て文句を言う方はいないでしょうし、理由を聞いて納得できない人もいないでしょう。
そしてこれが右利きの人の不利になる理由にもならない…ということが重要です。

「ライフハック」と「合理的配慮」は、マイノリティの生活を「便利にする工夫」として良く耳にする言葉です。
ただ、その中身は大きく違います。
例に上げた通り、「ライフハック」とは「自らの生活の中で編み出した上手くいく方法」で、本人の試行錯誤で完結するやり方なのだと思うのです。
再び左利きの自動改札を例にすれば、右に体を捻るステップの踏み方がライフハック…ということです。
その一方で「合理的配慮」とは、機材や位置取りを調整することでマイノリティの生活の不便を緩和することで、マジョリティから「支援」を引き出すためのディール(「取引」「対応」)の意味合いは、ないと思うのです。

マイノリティの生活を「便利にする工夫」であるが故に、このふたつの事柄をごちゃ混ぜに考えてしまうケースや、配慮と支援の区別が付かず、「マイノリティの都合」だけで支援を求めてしまったりしてしまうのかもしれません。

これを受けて、次回は「配慮」と「合理的配慮」を考えようと思います。

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