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Episode 516 蟹工船の上なのです。

「世の中はゆっくりと共産主義への道を歩んでいる。」
これは私が学生時代にお世話になった教授が言っていた言葉です。
私はこの言葉が忘れられないのです。

私は共産主義者でも共産党を支持しているワケでもありません。
この言葉を言った教授も、多分そうです。

教授は日本史(近世史)がご専門の方でした。
近世とは江戸時代を指す言葉でして、徳川将軍家とその支配下に収められた大名以下の武家が、土地の管理を基本とした主従関係で結ばれた社会が基盤としてある…というのが時代背景にあるのです。
所謂「封建制社会」というヤツです。
領民の安全・安心を守る代わりに年貢を頂くという「土地を基盤とした統治システム」で世界が回っていた時代…ということです。

ところがですよ、江戸時代になると戦がなくなり、平和な世の中になったが故に人口が増え始めるのです。
すると封建制度の矛盾が顔を出すワケです…制度の暗黙の前提として「手持ちの土地で賄える以上に人口が増えない」があるんですよね…土地は増えないから、人口が増えると耕す土地の分け前が減るのですよ。
これは上手くない…で、貨幣経済が台頭するのです。
賄賂政治で悪名高い老中・田沼意次は、実は貨幣経済を推進しようと画策した時代の先駆者でした。
増えない土地の代わりに幕府が保証する貨幣を以って社会を維持しようとしたワケです。

時代は進み幕藩体制という封建制度が崩れ、明治維新から一気に近代産業革命を推し進めた日本は「保守×革新」という新たな構図を目の当たりにします。
プロレタリア文学の名作、小林多喜二氏の「蟹工船」を一言で言えば「洋上で蟹缶詰を作る『逃げ場のない工船』の中で繰り広げられる『保守×革新』の話」でして、労働者が権利を求めて立ち上がる姿が描かれるワケです。
このひとつの船の上の話は、やがて「企業×労働者」となり、国を動かす政党の話になる…英国の「保守党×労働党」なんて、名前からしてダイレクトにこの構造を表現してますよね。
そして今、この「保守×革新」は国同士での関係にまで発展した気がします…先進国と呼ばれる保守と、発展途上国と呼ばれる革新です。

これが行き着く先、これから発展する地域がなくなった時、資本主義の欠点である「富の搾取」が搾取先を失って終焉を迎えて…それを予言したのがドイツの経済学者カール・マルクスが著した「資本論」「共産党宣言」だったワケです。
私の恩師は、封建制度の確立から資本主義の繁栄に至る、数百年に及ぶ人の営みの結果、必要に迫られて社会は資本主義を自ら統制して共産化する…と、歴史学的な俯瞰の立場でこの先の世界を予測したのだろうと、私は思うのです。

ここで私が思うのは、今の仕組みに不具合を感じて「新しい価値観」に移行するには、革新派が理想を掲げて社会を引っ張るのではなく、保守派が重い腰を上げることが必要なのだ…ということ。
田沼意次が貨幣経済という新しい価値観を導入しようと試みて失敗し、共産主義革命によって樹立された東欧の共産主義国家も悉く倒れた…飛ぶ鳥を落とす勢いの中国も、資本主義の仕組みを取り入れたからこその成功であって、完全な共産主義国家ではないワケです。
世界的な枠組みは、まだ資本主義の途中にあり、成熟した先進国が力を発揮し始めた途上国に少しずつ権利を分配しながら上手くやって行こう…としている、そしてこの「権利の分配」こそが共産化の流れだということです。

さてさて…私たちASDは、定型というマジョリティが優位の社会においてマイノリティの立場に置かれているワケです。
マイノリティがマジョリティに対して権利を主張して行く…とは、先に出した例に喩えるなら「労働者側」であり「革新派」という立ち位置になるワケです。
では、その頃合いは…と言えば、まだ「発達障害ってなんだろう?」なんてTVで啓発活動をしている段階で、「その呼び名は知っているけど…」って辺りでしょうかね。
私たちはまだ「蟹工船」に乗っている労働者くらいなのかもしれません。

以前に私は「女性の人権」の問題は「障害者の人権」の問題の遥か先を行く、同じ枝葉の事案だと書きました。

そうですね…同じように喩えるなら、それでも「企業×労働者」の域を出ないでしょうかね。
「権利の分配」が終わり、完全な「共産化」が完了した時点をゴールだとして、そこに行き着くまでにするべき「権利の主張」は、各段階で違うハズです。
女性の権利の問題と、障害者の権利の問題の立ち位置は違う…だから、女性の権利と同じように主張しても、聞き入れてもらうのは難しいでしょう。

私が出来ることは、こう言った考え方を地道に伝え、足場を慣らすことでしょうかね。
この後の若い世代が、深みに嵌って足を挫くようなことが無いように。

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