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Episode 635 目線が合わずに読めません。

私ね、本屋さんが苦手なんです。

私はもともと読書が得意ではありません…それは、このアカウントのnote記事でも書き続けているように、私には弱いながらも「ディスレクシア」の傾向があって、文字からの意味の読み取りにパワーが必要だからです。

年齢を重ねてディスレクシアの傾向はかなり弱くなりました…でも、今でも活字に向かうのに「それなりのパワー」が必要なことに変わりはありません。
床屋さんやかかりつけ医の待合室などで、サッと文庫本を取り出し…みたいなことができないのですよ。
「さて、今日は本を読むぞ!」という予定組みと覚悟か必要…さすがに子ども時代のように「声に出さないと意味が入ってこない」ようなことはなくなりましたけど、周りの音を遮断しての脳内音読は必須でして、この環境が整わない場所での読書は難しかったりするのです。
それ故に読書量は決して多くないワケで、アレもコレもと手を出して「積読」にしたら、いつ手を付けられるかわからない状態で何年も放置されかねないのです。
そういうワケで、本の購入は「必要」または「本当に興味がある」ものに限定されがちだったりします。

最近のハナシです。
旧盆明けに新型コロナウイルス感染症にかかわる自宅待機期間があり、私自身は感染せずに元気なのに外出出来ず、結果としてまとまった静かな時間が取れた都合、久しぶりにまとめて本を読みました。
10日間で3冊、総ページ数で700ページくらいでしょうかね、決して多くない読書量だと思う方もおられるのでしょうが、私の基準から言えば、これは相当がんばったページ数だったりします。
何しろ、キャンプや旅行と言ったイベントと同じように予定しないと本か読めないワケですからね、月に1冊読めたら上出来の読書量が比較の対象なら、10日間で3冊がどれくらいの量なのか、想像できると思います。

ですから「本を買う」とは、私にとって選び抜いた厳選品の購入という位置付けになりがちなのですよ。
このあたりは読書が趣味のような方とは決定的に違う、興味がある範囲からザッと選んで数冊購入と言うような感じではないワケですから、「本を買う」という行動の重みとしては、私の方が相当に重いように感じます。

空気を読む…ということについて、はるまき(@41harukaze)さんが興味深い発言をされています。

私はこのツイートの主題は「空気」で、読もうとするか読もうとしなくても目に入るのか、その結果として合わせているモノが「空気」だろうから、読めないASDの一方的に読まれている「居心地の悪さ」というものを感じる…ということだと理解したのですよ。
そして「あぁ、そうか」とおもうのです。

私の本屋さんが苦手な理由は、読書が得意ではなく本の購入量が少ないのに、多くの本が並んでいる中から興味のある本を厳選することが難しいから…ではありません。
自分が手に取った本が放つ雰囲気を含めて私を見られることが苦手なのです。

私にとっての本は、「選び抜いた厳選品」という扱いになるワケですから、その本を持ってレジに行った時に、店員さんに「こんなものに興味があるのね」と思われることに対して居心地の悪さを感じるのです。
何をそんな疑心暗鬼で自意識過剰な…と思うでしょうけれど、「意図を乗せられず責任を持てないものを『読まれる』ことの居心地悪さ」とは、こう言うことではないか…と。

恐らくですけれど、店員さんは私が手に取った本を「商品」としてしか見ていません。
いちいち対面するお客様の興味の想像をするか…と問えば、恐らく答えはNo なワケで、私が勝手に読まれている想像をして委縮している…が、客観的な意見でしょうね。
ここに私の「空気を読めていない」ことへの反作用として、「読まれている気がする」という思い込みがあるのでしょう。

私には「お客様の私」と「店員のあなた」という一人称と二人称の関係を上手に構築できない…というのがありそうだと思うのです。
例えば仮に、牛丼屋に昼飯を食べに行って、「お客様の私」と「店員のあなた」の関係が構築できない…は、私の場合まずありません。
でも本屋さんでは、上手く「お客様の私」になれないのですよ。
つまり、私の立ち位置が二人称のあなたと対になっていないことで「空気」の違和感が発生するのだろう…と。

あなたの意図を読み切れないと感じる私の一人称の立ち位置はあなたと対になっているのか、あなたが意図せずに「私の放つ空気」を読みに来ているとすれば、私の立ち位置はあなたと対になっていないのかも知れません。

あなたと私の関係は、時と場合で変わるものなのだと思います。
私はスーパーやホームセンターに買い物に行って、「お客様の私」という一人称位置に立つことは普通にできます。
ただ、誰かと一緒に買い物に行くと「お客様の私」の他に「パートナーと私」という違う一人称が発生するワケですよね。
この一人称の切り替えに失敗すると、二人称のあなたとのギャップが発生するのだろうと思うのです。

私は本屋さんで、どうしてもその人称切り替えが上手くいかない。
ツイートを見て、「空気」の読めなさととはこう言うことかもしれない…と思ったのです。

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