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『夕暮れ螺旋 3』

※BL小説


【夏希-3】

 それから兄を注意して見ていると、兄が恋をしていること、それも柳沼に兄の方だけが恋をしているらしいことが、手に取るように分かった。
 掛かってくる電話に声を潜める兄。休みの日であろうが、夜であろうが、おかまいなしに呼び出されては、出かけていく兄。
 ふたりの間に心の通い合いがあるのかどうかはわからない。わたしには、柳沼が冬馬を利用しているだけのように思えた。
 愛のないセックスなんて、たまらなく汚らわしいはずだったけど、不思議なことに、わたしは冬馬を汚らわしいとは思わなかった。むしろ、時々透き通ってしまうんじゃないかと思えるほど、冬馬はどんどん漂白され、表情は澄んでいく。
 冬馬は全身で恋をしていた。それはわたしの駿吾に向ける恋とは比べものにならないほど後ろ暗くジメジメした、でも多分もっともっと切実な、命懸けみたいな恋だった。兄はその恋に、存在全てで打ち込んでいた。そして、幸福そうな顔をして、どんどん不幸に嵌っていっているように見えた。

 部活の帰り道、前方に見覚えのある男が歩いていく。いつもの学生服姿に、踵を踏んだスニーカー。茶色く染めた長めの髪が跳ねて、夕暮れの日差しに赤く透けて見える。わたしの大嫌いな男。柳沼だ。
 わたしは慎重に距離を置いて、柳沼の背中を追った。この男は、また兄を呼び出すつもりなのかも知れない。
 わたしは駿吾がすきで、駿吾は冬馬がすき。冬馬は柳沼がすきで、柳沼は、多分冬馬のことなんかちっとも好きじゃない。
 こんな男。
 どうしてこんな男がいいの。
 どうして冬馬は駿吾を好きにならなかったの。
 どうして駿吾はわたしじゃダメなの。
 一方通行の愛が弧を描きながらぐるぐるぐるぐる巡るけれど、決して同じ点には戻らずに三次元曲線を形作って上昇していく。その螺旋の行き着く先にあるのがこんな男の肉欲だけだなんて、とても耐えられそうにない。
 そんな思いが一気にわたしの内側を焼け焦がし、わたしは走り出していた。
「すみません!」
 背の高い体格のいい男が、わたしの方を振り返った。肌は浅黒く、一重瞼のややつり上がった目尻に特徴がある。美男と言う人もいるかも知れないが、冬馬の顔を見慣れているわたしには、軽薄で平凡な顔立ちに見える。
 目の前に立ちはだかる男の大きさには威圧感があって、僅かに心が怯んだけど、ここから一歩も引かないとわたしは思った。


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