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『夕暮れ螺旋 1』


※BL小説


【夏希ー1】


 わたしの不幸の源は、「美しすぎる兄がいる」ということ。

 小さい頃から、兄の冬馬(とうま)はとても綺麗だった。幼少時から高校二年の現在に至るまでいつでも、年子の妹のわたしよりも、ずっと。
 例えば、七五三の写真。振り袖に簪、化粧までしたわたしの横に、紺色のズボンと白いシャツの兄がいるだけで、主役のはずのわたしは色褪せてしまう。おかげでわたしは、家族写真というものが大嫌いになってしまった。
 わたしは兄に似ているが、その相似は、出来の良くないコピーのようだ。遺伝子の螺旋のどこかに、美に不可欠な繊細で微妙な部分をすっぽりと落としてきてしまったようだった。
 わたしと出会った人の中には、可愛いね、とか、綺麗だよ、なんて言ってくれる人もいるにはいた。しかし、それも兄を見るまでのこと。初めて兄を見た人の反応は、判で押したように同じだ。ポカンと子供のように見とれて、兄が去るまで凝視が続く。そしていなくなった兄の残像を追うような目でわたしを見てこう言うのだ。
「びっくりした。夏希(なつき)ちゃんのお兄さんって美男子だね。夏希ちゃんて、お兄さんにそっくりだったんだね」
 その瞬間わたしは、粗悪なコピーに成り下がったことを知る。比べるようなその眼差しは、いつだってわたしを傷つける。

 駿吾(しゅんご)は、今日うちに来てから何度めかの溜息をついた。こたつでミカンを食べながら、自分がどれほどやるせない顔で溜息をついているか、こいつは気付いてさえいないんだと思う。
「駿ちゃん、ふたくちでミカン食べるのやめなよ。頬張りすぎてて格好悪いよ」
 ああ、と口にミカンを入れた不明瞭な声で駿吾は答えたけれど、視線は窓の外を見つめたままだ。試験休みの今日、暗くなってきたのにまだ家に帰ってこない兄のことを、魂丸ごとで考えているのだろう。
 明朗な性格だったこの一歳上の幼馴染みが、今また愁いに満ちた溜息をついたのに、わたしはいつまで気付かない振りを続けなくてはいけないの?
 冬馬に焦がれていながら口に出せず、それでも盗み見るようにわたしの兄を見つめてしまう彼に、わたしが何年も告げられない思いを抱いていることを、いつまで隠し続けなければいけないの?
 わたしは駿吾がすきで、駿吾は冬馬がすき。そして冬馬は……。掛け違い続けて螺旋のようにかみ合わない関係を、わたしにどうしろというのだろう。考えても分からなくて、わたしはミカンの皮を剥き、丁寧に筋をとってから、さっき屋根の向こうに消えたばかりの夕日みたいな色をした果肉を一房口に入れた。
「酸っぱい」
 思わず顔をしかめたら、駿吾が初めてわたしに気付いたように笑った。魂の丸ごとが抜け落ちたままの、間の抜けた顔で。


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