雨の中の少女(ショートショート)
見つけていただきありがとうございます。
一年くらい前に書いたショートショートです。
地縛霊少女の話です。
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『私のことを見つけてほしい』
いつからだろう、そんな気持ちがあったことさえ、昔のこと。
もう何ヶ月、何年こうしているのか。
目の前を行きかう人たちが私のことを認識してくれることはない。
晴れの日も雨の日も、雪の日も雷の日も。昼も夜も。
ずっとずっとひとりぼっち。
ただただ、目前の風景を眺める日々。
感情の起伏さえ、感じることがなくなった。
長い間、話し相手がいないのだから。仕方がない。
私にはどうすることもできない。
考えることを辞めてしまえば、わたしは無機物のひとつになれるかもしれない。
すべてを諦めて時に身を任せる。
☆☆☆
今日は何月何日だろうか。
朝から猛烈な雨が降り注ぐ。
お昼を過ぎても雨は止まず、辺りは薄暗い。
公園の舗装されていない地面は、一面にぬかるんだ水溜まりが増えていく。
排水溝は大量の水をこれ以上飲み込めないと悲鳴をあげ、一部は冠水してしまった。
そんな中でも、雨の音は唯一の癒し。
こんな日に公園に来る人はまずいない。
今日も何も変わらない。
椅子に座ることができないから、仕方なく噴水前にあるベンチの横で体育座りする。いつもの定位置だ。
傘は差さない。持っていないし、そもそも濡れないのだから必要がない。
暑さや寒さも感じない。どんな感覚だったかさえ忘れてしまった。
わたしの体はふわふわ浮いてしまいそうなくらいなのに、しっかりとこの地に縛られて動けない。
座ったまま、天を仰ぐ。
黒々とした雨雲から出た無数の水柱がわたしの中を打ちつける。
雨さえもわたしを認識してくれはしない。
☆☆☆
夜になる頃に雨は止んだ。
辺りにはカエルの鳴き声が響き渡る。
普通ならもう寝る時間だ。
時計台を見ると、もう零時を回っている。
でも眠くはならない。寝ることができないから。
ここは、時間の牢獄。
死んで消えることも、生きることも許されない。
そう思い込んでいた。
一人の男の子が公園に入ってくる。
「おい」
声をかけられた。
私の前に男の子が立っていることに気がつく。
彼を見上げる。座っていても分かる高身長。目鼻立ちがくっきりしているが、まだ幼さが残っている。
学校指定のジャージを着ているから、同い年くらいだろう。
「あなたは……私が見えているの?」
「そうだよ。うち寺なんだけど、お祓いの依頼があったから来たんだ。あんたがそうじゃないかなって思って声をかけた」
「そう、なんだ……」
どれくらい久しぶりに会話しただろう。
私を認識したうえで、話しかけてくれている。
つうーっと、頬を伝う感覚。
「泣いてるのに、なんで笑顔なんだ?」
「え……」
喜怒哀楽が懐かしい。
色んな感情が、中から沸き起こって溢れ出す。
この気持ちがなんなのか、説明できない。
流れる涙は止められない。
話したいのに、もっと久しぶりの会話を楽しみたいのに。感情が優先されて声が出ない。
「なあ、俺が今からお祓いするのに、そんな嬉しそうな顔しないでくれ」
男の子は困った顔をして頭をボリボリ掻いている。
今私は嬉しい顔をしている……?
出来るだけ、気持ちを落ち着かせて、話す言葉を選ぶ。
『私を、見つけてくれてありがとう』
「なんか調子狂うな……」
「ごめんなさい、でもお礼だけは言いたかった。もうずっと、このままだと思っていたから」
「お祓いするときにそんなこと言われたの初めてだよ」
「だって、私は、私は、今すごく嬉しいの。だから……!」
後半はもう声にならなかった。
生きているときでさえ、こんなに泣いたことは無かっただろう。
彼は、静かに私が泣き止むのを待ってくれている。
しばらく、嗚咽のみが続く。
☆☆☆
「待たせて、ごめんなさい。もう、大丈夫」
「落ち着いたの?」
「うん、いっぱい泣いて、スッキリした」
「それならよかった。もし、あんたがお祓い……消えるのが嫌なら、俺は何もしないで帰ろうと思う」
どういうこと?
彼は私のことをお祓いしにきたのに、そのまま帰ってもいいと言っている。
「ううん、私は、消えたいの。もうこの世に未練はない。楽になりたいよ」
「……分かった」
「ありがとう」
準備ができた。
後は、消えるだけだ。
「あんたの名前は?」
「私の名前は、サキ!」
自分の名前を言ったの何年振りだろう。
ああ、最後に、看取られて逝けることがこんなに幸せなんて思わなかった。
体が光に包まれる。
「ありがとう」
精一杯の感謝の気持ち、届いて。
薄れて行く意識の中で、目の前の彼は泣いていた。
私のために、涙を流してくれているんだ。
あぁ、暖かい。
最後に、暖かさをありがとう。
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