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徳川家康さま☘️をたどる#2☘️将来を約束されていた竹千代君

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スタエフ配信:徳川家康さま☘️をたどる#2
⬇️
https://stand.fm/episodes/639dd0ffef50846580492891

1 コンセプト

これは家康さまはちょっと気の利く
フツーの人やったのではないかという仮定に基づき
軍事や政治はもとより、
その当時家康さまが興味をもったこと
あるいは現実的な課題などを、
いちおー書物には目を通しつつ、
こんときはこー思ったんちゃうやろか
こんときはあー思ったんちゃうやろか
と勝手に思いを巡らす、
中途半端な史実の考証をもとに
繰り広げる家康さまファンの思いを皆さまに届けます。

2 時代背景

1500年代の真ん中らへん。
家康さんの一族、すなわち松平家は当時、岡崎・安城を本拠地とし
西は尾張で織田さんとこ➡️政情不安定。
東は遠州・駿府で今川家➡️政治軍事文化的に安定していた。
に挟まれているまだまだ地域的に「惣国」化されずに
土着の領主が割拠している時代。

家康さまのじいさん松平清康1511〜1535➡️身内に刺される
家康さまのおやっさん松平広忠1526〜1549➡️病没?刺客に刺された?
家康1543〜1616
自分が5〜6歳くらいのときに後ろ盾がいなくなる。

3 今川家人質となる

そのタイミングで1549年今川家人質となり
幼年期を駿府で過ごす。

人質ゆうても人質という言葉のイメージではなく
お金をかけて今川家の土地持ち臣下となるべく
ある程度の英才教育を受ける。
言うたら勉強させてもろて
就職先が決まってる状態。
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今川家の西側の国持ち家臣となるべくの教育を受ける
今川家にとっても、松平家にとっても都合がいいはず。
松平家は属国なので若干搾取されはするが。

岡崎は今川家の代官が入って執政している。
家臣たちはせっせと働いている。
家臣たちも若干は生活が厳しいが
これで安泰と思っている。

この状態で天下を狙おうと考えたり
独立するための勉強をしたりするでしょうか?
私ならしません

その頃の家康さまのお名前は
竹千代君、元服なさって、松平次郎三郎元信さま


前回記事
⬇️

https://note.com/hosshy_extended/n/ne6115bcffd72

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