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健さんが最後に出演したヤクザ映画が、【高倉健の誕生】の決定打になった理由⁉


前段

 10年前、2013年の1月中旬、日本映画大学で行う『映画ヒーロー論』【高倉健の誕生】の荒構成に取り掛かっていた。
マキノ映画の匂いが充満する1950年代の東映時代から始まりメディアMIXを経てTV 局主体の現代(2012年公開の『あなた』)までの60年間トップスターとして主演映画を撮れてきた理由に迫ろうとしたものだ。何となく2010年に上演した私の舞台『スタニスラフスキー探偵団』の台本作りみたいだな、などと苦笑しながら書いていたのを覚えている。

講義の準備と並行してTwitterで呟き始め、講義終了後は内容を反芻しながら補足を呟いていった。
「呟き」は26回に及び、私の仮説を勝手気ままに開陳して行ったのだが、驚いたことに翌年2014年11月に高倉健さんが逝去した折、某スポーツ新聞芸能部の方が私の「呟き」を読んで追悼インタビューをオファーして来られた。「健さん」とは一度だけお遭いしたことはあるが、勿論、仕事をしたこともないし、知人でも何でもない。家賃が高すぎる、と説明してお断りした。
 ここに復刻する「呟き」の何がその記者の方の琴線に触れたのか? 今と成っては懐かしい想い出でもあるのだが、読み返すと、未だに私が確信している「高倉健の誕生」の仮説がレトリックなく書かれていることは間違いがないかも知れないと思った。
故に、此処に復活させることにした次第。
但し、2018年10月から3年かけて連載した私の処女小説『戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】』の前だったので高倉健の出世作『日本俠客伝』での初世・中村錦之助と高倉健の主演交代に纏わるエピソードに触れていないのが心残りではある。
 前段はこのくらいにして「呟き」を紹介して行こう。

Twitter『高倉健の誕生』の「呟き」


今日の夜から明後日の朝に掛け、他の仕事をしながら高倉健主演の映画を最小でも5本は観直さなければならない。なければならない、なんて偉そうに言っているが勿論、嬉しいに決まっている(笑)
『網走番外地』『燃える戦場』『ザ・ヤクザ』を観直す。『網走番外地』脚本・監督 石井輝男。男性娯楽映画の壺と見せ場を心得た巧さに唸る。矢張り茶目っ気ある健さんは好い。
『燃える戦場』は流石、ロバート・アルドリッチ! 敵役「健さん」の使い方が良いよねェ❣️ それにしても健さん『ザ・ヤクザ』にしろ英語が巧いのに驚く。

やくざ映画の「健さん」を知らない大学生

日本映画大学名物授業『映画ヒーロー論 高倉健の誕生』終了。先ず驚いたのが受講生50人以上の6割が高倉健の映画を一本も観たこがない、ことが判明したこと。観たことがある20人の学生でも3人しか健さんの東映時代のヤクザ映画を観ていないことが判る。その上、更に怖ろしいことに…。「高倉健は知っていたが、ヤクザ映画でトップスターに成った俳優だとは知らなかった」と云う学生が居た!? と云う事実に思わず転け、笑ってしまう。
しかし、彼らが生まれた以降に製作された作品は『四十七人の刺客』『鉄道員』『ホタル』『単騎、千里を走る』そして『あなたへ』なのだ。無理はないのか…。

これも傑作!! 日本映画大学『映画ヒーロー論 高倉健の誕生』受講者アンケート。
「ヤクザ映画と言えば『仁義なき戦い』シリーズの様なものだと思っていたがそれが実録モノと云う範疇の作品だと判った。『冬の華』の様な『仁義』のあるヤクザ映画もあったのか!?」正に主客転倒。歴史を知らないとは映画でも怖しい。
 年間映画観客動員数は、昭和33年(1958年)の11億2千万人から滝の様に真っ逆さまに落ち始め、昭和39年(1964年)には4億人前後迄に落ちたが、後に伝説となるヒット・シリーズとヒーローの多く、「三十郎」「座頭市」「若大将」「無責任男」、はこの6年間に登場した。(寅さん登場は更に6年掛かるが)

昭和40年(1965年)から6年ほど観客動員数下降の角度が少し緩やかになるが、東映ヤクザ映画のお陰。特に『網走番外地』『日本侠客伝』『昭和残侠伝』と3つのシリーズを持つ高倉健の人気は抜群で学生運動華やかりし昭和43(1968年)、44年(1969年)には全盛期を迎えることになる。(寅さん登場はこの頃となる)

しかし、70年で学生運動が下火になるのに呼応し従来のヤクザ映画にも勢いがなくなり73年に「実録ヤクザ映画」と銘打った『仁義なき戦い』の出現が健さんたちの任侠映画に引導を渡すことになる。健さんも『新幹線大爆破』『神戸国際ギャング』を最後に76年東映を去る。勿論、若大将、無責任、座頭市等の他シリーズも終焉していた。
 勝新太郎、植木等、加山雄三たち、健さんと同時期に一世を風靡したトップ・スターの主演映画が70年代以降殆ど作られなくなる中、一人、高倉健だけは主演映画を撮り続け、現在に至る。それは何故だったのか?
今回の映画ヒーロー論【高倉健の誕生】はそこに私の仮説で迫ってみた。貴方ならどの様な仮説を立ててみますか? 

「東映の健さん」から「Mr.日本映画」への切欠となった一本の作品

 健さんと同時代にヒットシリーズを持っていた大スター達は映画会社を離れると皆一様に連続性ある主演映画と縁が切れる。健さんもそうなって不思議ではなかったが何故か「東映の健さん」から「Mr.日本映画」へと昇華して行く。その試金石的作品が3年振りに東映に戻って撮った『冬の華』だと仮定してみた。
昭和51(1976)年に東映を出てから『冬の華』迄に健さんが出演した作品は『君よ憤怒の河を渡れ』(監督・佐藤純弥)『幸せの黄色いハンカチ』(監督・山田洋次)『八甲田山』(監督・森谷司郎) 。東映時代の「ヤクザ映画」と色眼鏡で見られていた作品とは真逆の「一般映画」ばかりだ。

倉本聰が「健さん」に贈ったラブレター

これら国民映画ッポイ作品に、一般ファンは兎も角「健さんファン」は満足していなかった。欲求不満だった。健さんらしい映画が観たい!! つまり「ヤクザ映画」を観たかったのだ。
そう考えていたかどうかは知らないが、脚本家倉本聡氏が「健さん」に宛てて丸でラブレターの様な脚本を書いた。それが『冬の華』だ。
 『冬の華』は、結果、やくざ映画としてだけでなく映画として素晴らしい映画となった。

 『冬の華』は、現時点では健さんが出演した最後の「ヤクザ映画」でもある。しかし、東映京都撮影所で作られたこのヤクザ映画は、実録ものではない作品としては4年ぶりのものであり、タイトルから始まり連続性の中で作られていたモノとは何かが違っていた。倉本聡が東映とはあまり関係ない脚本家の第一人者と云うことが先ずそれを象徴していた(中島貞夫監督の『くノ一忍法帖』ぐらいしか東映では脚本を書いていない筈だ)。
つまり東映の「健さん」主演のやくざ映画の歴史から見ると『冬の華』は「バッタもん」なのだ。が、それだけに観客がイメージした「健さん映画の魅力の本質」が良く解る作品となった。
それは何故か?

『冬の華』と云う題名、現代劇、横浜、足長小父さん、女子高生、カラオケ、チャイコフスキー、シャガール等、凡そ東映での任俠映画では考えられないエッセンスをまぶした倉本マジックの陰に確り見える「健さん」の魅力の本質。
フランス映画風なクロード・チアリのギターによる味付けの『冬の華』に於ける「健さん」の魅力の歪な見え方。それこそが、健さんを「東映の健さん」から「Mr.日本映画」にまで押し上げた決定的な要因なのではなかったのか。
詰まり今まで東映の健さん映画を観なかった人が、着流しやくざ映画ではなかったが『冬の華』で初めて任侠映画の健さんを観て彼の魅力を体験した筈なのだ。
大袈裟に云えば『冬の華』はマネーロンダリング的な役割をした映画なのではなかろうか。浄化されたのは、一般観客のイメージの中にあった【ヤクザ映画】。
「そうか東映の健さんのヤクザ映画ってこういう作品のことなんだ」。良識ある観客は、高倉健ファンになっても良い、と云うお墨付きを貰った。

「長谷川伸の世界」との共通点


 しかし、東映本流の健さん的着流しやくざ映画から見れば「バッタもん」だった『冬の華』が、初めて健さんのやくざ映画を観たかも知れない人達までをも魅了したのにはもう一つの要因があった。キーワードは「長谷川伸の世界」だ。
時代劇映画時代から繰返し作られ続け、日本人の心を捉えて来た長谷川伸の股旅世界「弱者に対する負い目」と云う情念の行動規範。『冬の華』で「健さん」演じる加納秀次も亦、「弱者に対する負い目」(殺した男の一人娘への負い目)を重んじて生きるヤクザを演じ日本人の心を捉えたのだ。

 高倉健の歴史を観れば任侠、ヤクザ映画において魅力が爆発しスターになったことに異論はないだろう。しかし、その時点の年間観客動員は4億人前後で、東映や映画ファンの中のトップスターではあっても国民的なVIP スターではなかった。一般人は「健さん」の魅力を未だ知らなかったのだ。
『日本俠客伝』から14年後、国民的シナリオライター倉本聡の健さんへのラブレター『冬の華』により、一般ファンの多くは初めて健さんの魅力に触れた。
 それは任侠、ヤクザ映画としては多少、歪な、しかし、日本人にとっては魂の故郷と言える長谷川伸の「弱者に対する負い目」と云う罪の意識が優っている「健さん」だったのだ。
 この様に一旦、プログラムピクチャーとしては終焉していた任侠、やくざ映画の現代的な復活は、曾ての健さんファン、東映ファンの為だけではなく、一般観客をも健さんファンにさせるだけの魅力に溢れていたのだ❣️
 しかし、「健さん」は二度とヤクザ映画には出演せず、「長谷川伸的ノスタルジー装置」=長谷川伸的日本人魂は、『冬の華』以降は一般映画の「健さん」の肉体を通して連続して再生産されて行くことになる。『駅 station』『南極物語』『野生の証明』『あうん』『See you 海へ』『鉄道員』『四十七人の刺客』等。
 良いも悪いもなく今に至る「高倉健の誕生」である。(終)

【捕捉】日本映画大学の『高倉健の誕生』でターニング・フィルムとして取り上げさせて頂いた『冬の華』は、降旗康男監督作品です。東映時代から健さんとの作品は何本もありますが、何と言っても東映を出てからの作品が有名。最新作は昨年公開の『あなたへ』。念のための捕捉でした。




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