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10年の月日を経て、口唇口蓋裂の支援拡充へ

5月9日、厚生労働省にある有識者会議が立ち上がり、口唇口蓋裂の支援拡大に向けて大きな一歩を踏み出しました。口唇口蓋裂児者とその家族の皆さんの集まりである「口友会」の皆さんと出会って10年、滅多に味わうことのできない、政治家をやっていて良かったと思う瞬間が訪れました。

口友会の皆さんとの出会い

口友会の皆さんから最初に依頼を受けたのは、インプラント治療への医療保険の適用でした。口唇口蓋裂患者の中には、歯並びが極端に悪い方がおられます。ある患者さんの口の中を見せていただいたことがありますが、歯並びというよりは口の中にバラバラに歯が生えている印象でした。そうした方々の歯を矯正する場合、欠損している歯をインプラントで入れることが必要になります。保険外治療だとインプラントは1本数十万円。多くの口唇口蓋裂の患者の皆さんはその負担をすることができず、必要な歯の矯正を行うことができないまま生活されていました。

何とかしなければと思った私は、当時の厚労省保険局の担当者に腹を割って相談しました。頷きながら私の話を聞いていた彼は、私の目を見て「保険適用の拡大は簡単ではありませんが、やってみます」と約束して帰っていきました。彼なら分かってくれるかもしれないと感じた私は、2回目の面談の際に口友会の皆さんを呼んで話を聞いてもらうことにしました。

議員会館に集まったのは年配の口友会の役員(口唇口蓋裂の患者さん)と、患者のお子さんを持つご両親たちでした。涙ながらに窮状を訴える口友会の皆さんの話を聞いていた厚労省の担当者の目には、涙が浮かんでいました。おそらく、自分の子どもだったらと考えたのだと思います。私自身も、最初に口友会の皆さんと会った時に同じことを考えていました。

折しも、その面談は診療報酬改定の時期に当たっていました。当事者と口唇口蓋裂の専門医や歯科医師の意見を集めて厚労省に提出したところ、何と要請からわずか2か月ほどで口唇口蓋裂患者の皆さんのインプラントに対する医療保険の適用拡大が決まったのです。使命感を感じた担当者が頑張ってくれた結果でした。

育成医療拡大への長い道のり

インプラントへの保険適用が実現したことで、口友会の皆さんと私との絆は強まりました。毎年、口友会の皆さんが行っておられる勉強会やお子さんたちのために行われるクリスマス会などに出席する中で、相談を受けたのは育成医療の年齢拡大でした。口唇口蓋裂児は成長段階に応じて複数回大きな手術を受けます。それらの治療は障害を除去、軽減するものとして育成医療の対象となり、医療費が支給されているのですが、支給は18歳までとされています。

口唇口蓋裂の最後の手術は、顔の成長が止まらなければ受けることができません。発達段階は子どもによって異なるにもかかわらず、一律に18歳で区切られているのは理不尽だとの声は口友会の皆さんだけではなく、歯科医師や医師の中からも聞こえてきていました。

当時所属していた民主党の同僚議員や自民党の議員にも声をかけましたが、支援の輪はなかなか広がりませんでした。票にも金にもならない地味なテーマに取り組んでくれる政治家は多くありません。

厚労省に繰り返し「運用の見直し」を働きかけました。担当者が変わるたびに話は振り出しに戻り、新たな担当者に育成医療の年齢拡大の必要性を説明する中で、何年もの月日が経過していきました。こうしている間も、幼かった子どもたちは成長していき、18歳という進学や社会に出る最も大切な時期に大手術を受けなければならないという状況が続いていきます。詳しい経過は、以前書いたnoteをご覧ください。

運用改善ではなく、立法作業に入る

このままでは何も変わらないと考えた私は、運用見直しではなく、議員連盟を作って議員立法により道を開くことを考えました。厚労省に強い影響力を持つ自民党の橋本岳議員に会長になっていただき、公明党の吉田宣弘議員に私と一緒に事務局を担っていただきました。人数は多くありませんでしたが、親身に取り組んでいただいた議員の方々に出会えたのは幸運でした。1年をかけて当事者や専門家の話を聞き、衆議院法制局と共に議員立法の作業を積み上げていきました。

今通常国会での法案提出に向けて詰めの作業に入っていた2月のある日、厚労省の担当課長が私の部屋に訪ねてきました。議連での立法作業は衆議院法制局を中心に行っていましたが、その作業には厚労省の担当者にも入ってもらっており、課長とは顔なじみになっていました。

「ここまで議員立法の作業を行ってこられた中で恐縮ですが、法改正を厚労省で預からせてもらえないでしょうか。育成医療を拡大するとなると、他の疾患も含めて総合的に検討する必要があります。責任を持って政府として有識者会議を開いて検討作業を行い、政府提出法案(閣法)を目指したい」

課長の思ってもみなかった発言を耳にして、私はしばし返答に窮しました。これまで何人もの官僚が「検討します」と言って部屋を後にしてきましたが、厚労省が育成医療の年齢拡大をまともに検討した形跡はありませんでした。同じことの繰り返しになるのではないかという思いが頭をよぎりましたが、目の前には目線をそらすことなく真剣な表情で私を見据える課長の姿がありました。インプラントの保険適用の時のことが頭に浮かび、この人なら信用できるかもしれないと思い直しました。

議員立法の難しさはこれまで何度も経験してきました。自公を含めて各党調整はこれからでした。このまま作業を進めた場合、野党を含めた全党の賛成を得ることができるだろうか。全会一致でなければ通常国会での成立は絶望的です。仮に全会一致に持っていけたとしても、他のテーマと比較するとマイナーな口唇口蓋裂の法案をタイトな国会日程の中で成立させることができる確率は高くない。他方、閣法なら来年になったとしても各党調整も政府がやってくれるので確実に成立させることができる。

「議員連盟のメンバーと一緒に議員立法で詰めの作業を行ってきて、ここで簡単にやめるわけにはいきません。4月以降、早い段階で有識者会議を立ち上げて来年の通常国会には閣法を提出していただきたい。それと、有識者会議には口友会のメンバーを必ず入れてもらいたい」

「最大限努力する」と言い残して、課長は部屋を後にしました。部屋を去っていく課長の後ろ姿を見ながら、この方針転換を口友会の皆さんと橋本岳会長をはじめ議連のメンバーは了承してくれるかどうかという不安が、頭に浮かんでいました。ここまで難しい法案の策定作業を行ってくれた衆議院法制局の担当者のことも気になっていました。

名は残らないが、ことを為すことはできる

橋本岳議員に議連の会長をお願いし、公明党の皆さんの力を借りたのは私ですので、この話は私から皆さんに説明しなくてはなりません。私の懸念は杞憂に終わり、関係者全員が「政府がやるならそれが一番いい」と即答してくれました。

課長の約束通り、有識者会議は立ち上がりました。省内の調整も順調に進んでおり、今後立法作業は確実に進んでいくでしょう。政治家の仕事は「ことを為すこと」です。間もなく初当選から24年。これはと思った課題にはこだわりをもって仕事をしてきました。もはや政治家としていつ死んでも悔いはありません。この仕事を選んで良かったと心から思います。


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