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SS

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いつかどこかで本当にあったお話を、星栞カノン独自の解釈で地球人向けの物語に落とし込みました。
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2020年4月の記事一覧

【SS】知らないアリアと白黒の鍵

 その都には、あまりにも大きな教会があった。
 澄んだピアノの音が中から絶えず響きつづけ、離れた場所からみると建物の形はどこかパイプオルガンを模したようにも見える。
 周囲には歌劇場や楽器屋などがひしめき、かごいっぱいに抱えて大通りへと出てきた花売りの娘も、歌うように楽しげな声で季節の花束を宣伝して回っている。おおよそこんな光景が、どの地域でも見られる世界。
 この星は、当たり前のように音楽に支配

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【SS】傘理論

 雨なんて、別に平気だった。
 ただみんなが当たり前のように傘をさして歩くから、ぼくもなんとなくつられてさすことがあるだけ。
 濡れたって気にならないのに、それだってぼくの勝手なのに、みんながそれを許そうとしないだけ。
 自分の善意、あるいは良識とかいうものに、きっとよほどの自信があるのだろう。
 濡れたまま歩こうとすると、ある者は傘をさしだし、ある者は雨宿りできる屋根へと誘い、またある者はタオル

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[SS]宙にクリオネ

 見上げた海に、悠然と泳ぐクジラ。
 日の光は今やあまりにも遠く、ささやかだ。
 スクラップにされた機械たちの山の上。現状だと、この世界でもっともソラに近い場所。
 その天辺に佇むひとつの人影は、悪気なく視界を塞ぐクジラの向こうに、一昨日や五日前と同じように、かつてのささやかな思い出を探していた。
「⋯⋯今日も、見えないや」
 彼らのあまりに利己的な生命活動は留まることを知らず、ツケはどんどんと押

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