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心の中

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心の中の葛藤の一部分。人の心は混沌としているもの。
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まだスタート地点にすら立っていない。出来ないことは出来ない。ゆっくり穏やかにやれる事だけ少しずつ。また頑張れる日はきっと来る。そしてもう一度立てたら、いつかきっとまた繋がれるよね。

神様たちって本当は
ここにいるよって
気付いて欲しいのかも
しれないね。

私のことは見えなくていい。
扉の向こうにそっと少しずつ
置いておこう。誰かが気付いて
拾ってくれて笑顔になったらいい。
私のことは知らなくていい。


一人の大人同士として
「私」を認めてちゃんと見てくれて
がんばってるね、すてきだねって
負の側からでなく
私を下げないで好きだと
言ってくれる人に
会いたい
そう思ってもらえる人になりたい

社会的に存在感はない。
社会の中に私はいない。
「いる」じゃなく「ある」
繋がりはない。
だけど社会を超えて人とも自然とも物事とも繋がってる。
ただここに「ある」
体は自由じゃなくても心は自由。

「孤独感」じゃなくて「孤立感」

一緒にいてもさみしい。
一緒にいなくてもさみしい。
もっと大きな心の器があったら。
もっと同じ時間がたくさんあったら。
一緒にいたかった。

この傷と一緒に
生きていく

消えないけれど
いつかきっと癒される

理不尽、不条理、つらい立場、
孤独感、劣等感、疎外感。
「こんなはずじゃなかった」と
どうしても咲けない時もある。
そんな時は無理に咲かなくてもいい。
その代わり、今は下へ下へと根を降ろそう。
環境の奴隷になることなく、
どんな場所に置かれても、
そこに自分の花を咲かせるために。

皮肉な言葉を放って来る人は、相手にも背景があるということが見えていない。自分の心に余裕が持てなくて、しんどくて、優しい心をどこかに置き忘れているのかもしれない。
だから何も気にしなくていいよ。

腕は2本しかないからね、抱えきれないこともたくさんあるんだよ。ひとりひとり何かを抱えてて、それでもやっぱり一緒に抱えようと一生懸命手を伸ばす。けどそうすると重く、結局崩れ落ちてしまう。お互いが自分でしっかり生きられるようになって、思い合う心を分け合える人と一緒にいられるのかな

「絆」という輪の中に入れない私は
気持ちが追いつかない私は
そこまで行けない私は
どこへ向かうの

私は人のこと嫌いにならない
この人とは合わないって言う言葉は苦手
人はその時々で
色んな立場や背景の環境があって
それが変化しながら生きてる
お互い大切に思った根本的な思いやりや優しさは
それでも変わらないと思うから
ただ一緒にいれなくて
さみしい