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紅色の10分は甲羅の君の恩返し -前半- | tabi.2


まるでショーを見ていたようだった。
曇って薄暗い中、急激に辺りが明るくなり、どんどん紅色に染まっていった。色が翳り出す頃、大きな虹がかかった。

今回は天候の悪化に巻き込まれた。少し遠くから雷鳴の気配を放ちながら山間のその町には滝のような雨が降っていた。レインブーツを装備しておいたことが功を奏した。いつものフラットシューズは歩きやすいけれど、川のようになった道路を歩くのは望ましくなかったと思う。

親切なホテルは大きな傘を貸し出ししてくれて、滝のような雨でもずぶ濡れにはならずに近隣のスーパーまで食料調達に出ることができた。

でも傘をさすにも落雷が恐くて、「雷が来ませんように」と心の中でつぶやきながら。走る車の水飛沫の餌食にはなりながらホテルに戻る。テレビをつけると、天気予報では警報や避難指示などが発せられていた。アナウンサーは「これからの移動は危険」「命を守る行動を」などと話している。
宿泊していたホテルは1階の部屋だったから、浸水しないかと気になったが、近くに川があるわけではなし、土砂崩れに合いそうな立地でもない。ただ、小さな町で、知り合いがいるわけでもないから心細かった。


一夜あけて朝になると、曇り空ではあるものの雨はあがっていた。光が差し始めていて、今日は暑くなりそうだ。チェックアウトの時間がきて、私はまちの施設に居場所を移した。今日は数駅先のまちまで移動することにしている。

実は昨夜のうちに飛行機の便を変更して、宿も追加で近隣の地域に1泊分を確保していた。同じまちのホテルは、どこも既に満室になっていたから。
滞在していたのは宮崎の内陸の地域で、東京に戻るフライトのためには鹿児島空港に戻らなければならない。でも、警報すら出ていた大雨の状況。鬱蒼とした木々に囲まれた山間を走る路線は地盤が緩んで土砂が出ていてもおかしくない。定刻までに空港に辿り着けない可能性を考えなければならなかった。

翌朝運行情報を確認すると、案の定、鹿児島空港最寄駅までの電車は区間を見合わせていた。運行開始したのは午後のこと。本来、その日の朝から出張先の町を出て移動し昼のフライトで帰る予定だったから、手を打っていなければ、今頃立ち往生していたはずだ。

手を打ったけど、九州のこのまちで休日が1日できてしまった。私は状況に身を任せて動くことにした。

宮崎から鹿児島に抜ける吉都(きっと)線というローカル線がある。私は吉都線に乗って、京町温泉というまちに向かった。着いたのは、時代を感じる温泉街の地域。古いけれど宿文化のある街だからなのか、どこかあたたかさを感じる。おもてなしの文化が根付いているというか、移動前の街に比べて余所者を受け入れているように思う。安心感があった。

辿り着いた駅。七福神様がお出迎え。


吉都線をおりると、重い荷物から解放されたくて宿に向かった。道の舗装は悪い通りもあって、キャリーバックを転がすのに難があった。ゴリゴリ音をさせながら歩いた。通りには古い商店街や看板が見られた。

7月も中旬で蒸し暑い。宿には15分ほど歩くと着くのだけれど、日差しが強くて体力を奪われる。辿り着いた宿では、予約した部屋に入れるまでにまだ1時間ほどある。宿の近くに気になるカフェを見つけていたので行ってみることにした。質感ののいい古民家風の小洒落たお店。

入ると、どのテーブルにもお客さんがいて、和やかな時間が流れていた。
タイミングが悪く私の行った時には食事のラストオーダーが終わっていた。でもほかに行けるところもないので、飲み物だけはどうかと聞くと、それは大丈夫と招いてくれる。縁側の席が一つ空いていてそこに座った。デザートもOKというのでミニパフェをお願いした。でも自慢のケーキは終わってしまったのだそう。この辺りではきっとケーキを目当てにお客さんが来るのかもしれないなと思った。私はこだわりもなくて、何か食べたかったので素直にミニパフェをお願いした。
そしておかみさんが持ってきてくれたお絞りはしっかり重みのあるタオル地。ひんやり冷やされていて、日焼けして火照る肌に気持ちいい。


昨夜の疲れと不安、今日の移動で消耗していた私にとって癒しのカフェ。

「どうぞ」

「え、すごい」

運ばれてきたパフェはワイングラスに入った小さなものだったけれど、芸術作品のように精巧なつくり、といいたくなるほど美しく盛られていた。思わず写真を撮らずにはいられない。端正なものに出会えたことが奇跡みたい。

お抹茶も一緒に。


パフェを食べて落ち着いて、私が店を出ようとする時にはもう他のお客さんはみな帰っていた。そしてどのテーブルも食器が残っている。

長くはお邪魔できないと、お勘定を済ませてお店を出ようとした。

「今日はケーキが終わっちゃって、良かったらまた来てくださいね」

と、おかみさんが優しく話す。地元の人の言葉のトーンで。
それは一体どんなケーキなのだろう。この街にもう一度来れるなら、今度はケーキを食べに来たい。

「ごちそうさまでした」

挨拶をして店を出た。そして少し元気になったところで街を歩いてみたくて、駅の方向に歩いてみた。スーツケースやボストンバックがない分、歩くのも身軽。宿に向かう時とは大違い。

駅まで戻ると“まちあるきマップ“なるものがある。小さな観光センターが駅に併設されていて、中には紙に印刷された温泉街マップがあった。1枚いただいて、日傘をさして歩いた。

足湯があるというので地図をたよりに歩いてみたけれど、地図に示された場所にはそれらしきものがなかった。偶然お休みだったのか、旅行業界の苦行で閉めていたのかはわからない。

諦めて宿に戻ることにした。
古い旅館。人が温かい。

ところで夕食をどうしようと思ったけれど、まわりにお店も少ないし、外食に行きたい気分でもない。でも体力を保ちたいし、何かは食べた方がいいかなと思って大通り沿いにある地元のスーパーに出掛けることにした。暑さの中で歩き回って大汗をかいていたので、お客さんの少ないうちにお湯もいただいてから。


まだまだ外は明るい。
もし暗かったら、私は甲羅の君を見つけられなかったと思う。


後半に続く。


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