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柚森いちか
2020年4月11日 23:59
撫で続けていた綾の背中が熱いことに、涼は気付いていた。今朝は一旦微熱程度に下がっていたのに、長くこんなところにいたからぶり返したのだろう。その証拠に涙が徐々に止まってきた綾は、今は熱い息をふうふうと吐きながら涼にもたれかかっていた。 くたりと身体の力が抜けている綾を抱えて、寝室に向かった。ベッドの上にそっと下ろすと、とろりと目が伏せられていた綾の目が大きく見開かれて、「ひっ……」咄嗟に
2020年1月13日 13:23
「どこ、行くの」 涼が身支度を済ませ、玄関に向かっているときだった。寝室から顔だけ出した綾が、小さな声で問いかけた。「え、仕事」「働いてたんだ」「俺を何だと思ってる」 ひょこひょこと足を引きずって綾が出てきたけれど、警戒心は未だに解かれていない様子だった。「夜には帰ってくるけど。……ま、適当にしとけば」 出て行きたければ出て行けばいいし、さして盗られる物もない。なんてことを
2019年11月16日 23:36
寝室に戻ると、綾は先ほどよりは表情を緩めていた。ほっとしたように見えるのは気のせいか、涼には判断できなかった。「とりあえずお前風呂……あー、熱あるんだったな、無理なら身体拭くでもいいし、着替えは貸してやるから」 涼の提案に、綾は小さく首を横に振った。「え、何、お前結構汚れてるからな。俺が良くない」 言うけれど、綾は動かなかった。 牽制しているというよりは、不安そうに眉をわずかに
2019年11月16日 22:40
「いってぇ……」 ソファで寝ていると身体の節々が痛んだ。起きた瞬間に身体が固まっているのがわかり、涼はゆっくりと身体を起こした。 がたんっ、とキッチンの方から物音がし、一人暮らしの部屋にありえない人の気配にはっとする。キッチンには少年が立っていて、起き抜けの頭に昨日の記憶が蘇る。「もう平気なの」 ぎ、とソファから立ち上がると、少年がびくりとして包丁を向けたから、涼は動きを止めた。捻っ
2019年11月10日 22:06
カサカサと、コンビニの袋が夜道に鳴った。咥え煙草からあがる白い煙が、夜にふわふわ浮かんで消えていく。 都築涼は煙の行く先をぼんやり見ながら、コンビニのある通りから一本脇道へ入った。そこからさらに人気の少ない、寂れたビルの隙間にするりと入っていく。コンビニから自宅マンションまでの近道は、勝手知ったるものだった。 点検されているかもわからない、錆びたビルの非常階段を抜けた向こうにマンションがある