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「断罪パラドックス」   第3話

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 二日前、久はこの桜山高校の本館の屋上から飛び下りて亡くなりました。新聞には「いじめを苦に自殺か?」と大きな見出しがついておりましたが、いじめがあったかどうかはまだ分かりません。

 でも、親馬鹿かもしれませんが、久はいじめに遭うようなキャラクター像からは、かなりかけ離れていると思います。わが子ながらなかなか整った顔立ちをしておりましたし、明るく、成績も優秀でスポーツも得意でした。中学生のころも学級委員や生徒会長などをしておりましたから、協調性はあったと思いますし、ましてや誰かの足をひっぱるような子ではありませんでした。それに、もし、万が一いじめがあったとして、久が私に何も相談しないということはあり得ないと思うのです。   

 けれども、最近あの子のクラスの一年一組では不穏なできごとが沢山ありました。まず、四ノ宮しのみやまなぶさんによる、実力テストの問題用紙の流失です。これはPTA会長としては、見過ごせない大変な問題でしたので、私は連日桜山高校に来ておりました。

 四ノ宮さんが職員室から問題用紙を盗んでいたのは、その時が最初ではないだろうというのが、PTA全体の総意でした。処分をどうするかで意見は割れていました。私やほとんどの保護者は退学が妥当だと申し上げましたが、担任の五十嵐先生は頑として退学に反対しておられました。少々優しすぎると思いましたが、五十嵐先生はこうおっしゃっておられました。

「四ノ宮君が問題用紙を盗んだ理由が分からない限り、彼を処分するつもりはありません。四ノ宮君の学力は確かです。あれはカンニングなどで取り繕えるものではありません。だから、彼本人が必要に迫られて問題用紙を盗んだとは考えられないんです。きっと、なにか事情があるはずです。その事情がはっきりしない限り、彼だけを処分するつもりはありません」

 私は少々呆れてしまいました。「盗人にも三分の理」とは申しますが、五十嵐先生は四ノ宮君をかばいすぎではないかと率直にそう思いました。いったいどんな三分の理があるというのでしょう? いつまでたっても五十嵐先生から説明がないことに私が業を煮やしても仕方がないのではないでしょうか? 

 そして、問題はそれだけではありません。四ノ宮君の問題用紙流出事件で他の保護者も多くいる中で、久が亡くなる二週間ほど前の放課後、久は三国みくに自愛じゃいあんさんから暴行を受けました。

 私たち保護者と学校側の話し合いが平行線をたどり続ける中、校舎の中庭から、悲鳴が聞こえました。私も話し合いをしていた理科室の窓から下を覗き込みました。悲鳴の主は女子でしょう、切り裂くような悲鳴でした。もしかして、刃物を持った不審者でもあらわれたのかと想像してしまったくらいの悲鳴でした。もしそうならば私は医師としてすべきことがあります。けれど眼下の光景は意外なものでした。私の息子、久が何者かに殴られていたのです。三国さんは格闘技が得意だと自慢していたようですが、格闘技ではなくけんかをするのが彼の日常だっただけではないでしょうか? 

 私の父は柔道をたしなんでおりましたが、強いものとはどうあるべきかをよく口にしておりました。三国さんには格闘技を語る資格はないでしょう。抵抗する力もない久を容赦なく殴りつけていました。二人には体格差もかなりありました。久も高校生の平均以上の背丈はありましたが、三国さんの身長は二メートル近くもあって体重も百キロは越えていたでしょう。軽自動車と戦車くらいの差がありました。

 女子の悲鳴も納得です。久はあのまま殴られ続けていたら死んでしまったでしょう……。

 鬼の形相で久の胸倉をつかんでいた三国さんを男性教員が四人がかりで取り押さえるまで久はほとんど抵抗することができませんでした。

 二人にどんなやり取りがあったのかは分かりません。久から三国さんの話題がでたこともほとんどなかったと思います。けれどこれだけはおかしいと思いました。久の歯が折れるほどの大けがを負わせたのに三国さんが退学にならないのはどうしてでしょう? 

 三国さんのご家庭にとても問題があると聞かされましたが、そんなことはこちらとしては関係ないことです。どうも一年一組の担任の五十嵐先生は、三国さんのことも、かばいすぎだと思うのです……。

 彼は謝罪にも来ませんでした。そして、もう来られないでしょう。彼の妹が薬物を使用していたというかどで補導されたと聞きましたから、きっと三国さん本人が補導されるのも時間の問題になるのではないでしょうか? 流石に三国さんは退学になるはずです。私としては久になんとしても謝罪した上で暴力をふるった処分を受けて欲しかったので、すっきりしませんし、こうして別の件で警察のお世話になるかもしれない彼が久の自殺の原因の一端だとしても三国さんを問いただすことができないのなら何の意味もありません。

 けれど、仮に三国さんが久をいじめていた首謀者だったとしたなら、もうその首謀者が学校に来ないことがほとんど確定しているにこのタイミングで久が自殺する理由が見つかりません。
ひょっとすると、久は自殺ではなく誰かにあそこから突き落とされて殺されたのではないでしょうか? 遺書はありませんでしたし、手掛かりになるはずの久のスマートフォンがどこを探しても見つからなかったのです。

 スマートフォンのことは久がお付き合いをしていた二村瞳さんにも話を聞いてみましたが「知らない」と随分と強い口調で返されました。その時に久と二村さんは最近になってお付き合いをやめていたと二村さんから聞かされました。二村さんは我が家にも時々遊びに来ていました。お付き合いといっても、休日に映画館や図書館に行ったりテスト勉強をしたりと、とても健全なものでした。久は二村さんと半年以上はお付き合いをしていたと思います。お別れしたからといってもいわゆる元カレが死んだというのに二村さんのよそよそしい、どこか冷たい態度が私は気がかりでした。久が二村さんのつれない態度を苦に自殺した可能性も、まったくゼロではないかもしれないと、今思いました。

 私は警察から連絡を受けてからこの二日間というもの食べることも寝ることもできないほどの苦痛の中、どうして久が死ななければいけなかったのかをずっと考えました。考えれば考えるほど迷宮の奥深くに踏み入るような心地になりました。久が、あの子が死ななければならない理由なんてひとつもありません。自殺だったにしろ、殺されたにしろ、私は決していじめの首謀者、もしくは久を殺した犯人を決して許しませんし、必ず追及し、法で裁いてもらいます。

 ここでカメラもマイクも沢山ある中、特定の個人名を出してどういうつもりだと息巻くかたもいらっしゃるかとは思います。疑惑に過ぎないことを口にしてそれが原因で誹謗中傷などがあった場合、もし彼らにまったく非がなかったら私がしていることは名誉棄損になってしまうかもしれないでしょう。けれど、私は名誉棄損とののしられようとも、知っている全てを洗いざらい晒して、なんとしても久が死んだ理由が知りたい。久がどんな気持ちだったのか、死ぬ前に何を考えていたのか。そして、本当に自殺だったのか、それとも誰かに殺されたのか。

 私は美穂が殺された時は子どもでした。子どもだったため私の証言は軽んじられた。でも今や私は大人です。決して追及の手を緩めるつもりはありません。今度は絶対に逃がしません。それが、美穂への供養にもなるはずです。

 お集まりの皆さま、ほんの些細なことでも構いません。どうか何かご存知の方はお教えいただけないでしょうか。


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