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いつかまた逢える日まで

「ほらシャキッとせい!」

教卓の前で大きな声を出す担任。その言葉に机に伏せていた者たちもだるそうに顔をあげる。夏休み前のHRそしてこのうなだれるような暑さの中、最後シャキッとしろ!なんて、もはや拷問だと思ってしまう。

「今日は転入生を紹介する」

は?

その瞬間、どっと騒がしくなり始めた。

無理もない。高3の夏休み前の終業式に転入生だなんて聞いたこともないし、それになんで新学期まで待たなかったのかと素朴な疑問が一瞬だけ頭に過った。

だけど、すぐさまあたしには関係のないことだと窓の外に視線をやる。その瞬間ガラガラとドアが開くと共に、より一層教室内がざわつき始めた。

「それでは自己紹介を……て、どこへ行く!こら!」そんな担任の怒鳴り声が一瞬で教室内を静かにさせた。

目の前に転入生「えっ?ちょ、きゃっ!」あたしの腕が大きな手で掴まれると「行くよ」とあたしを引っ張って進んでいく。

「ちょっ!いったっ!何するの……」思い切り振りほどけば、再び腕を掴まれその足は止まることなく歩いていく。

引っ張れるまま下駄箱まで行くとやっとその手は放れた。

「なんなの!」そう後ろを向いたままいきなり足を止めた男に、ただただ怒りをぶつけると「待たせたね、夏輝(ナツキ)」そう振り返りあたしを抱きしめた。

「ちょっ……」その瞬間懐かしい香りがフワッとして、その優しく低い声で一瞬で目の前にいる男が誰なのかを理解するのに時間はかからなかった。

「海斗(カイト)どうして……」

大きな胸に包まれながら、そっと顔を上げるとそこには少し大人になった海斗が目の前にいる。身長なんてあの時より遥かに高くなって。ただ少しだけ痩せてしまったかのようにも思えたが、高くなった身長のせいだと思った。

一瞬、過去に引き戻されたと同時に涙が溢れだした。

「どうして」その声に海斗はただただ、あたしを強く抱きしめる。「なんであの時いなくなったの……。」その言葉にもう海斗は言葉を発することはなかった。

中学3年生の夏休み前の終業式、そう今からちょうど3年前の7月20日。その日はあたしの誕生日。学校が終わったら大好きな海に行く約束を前からしていた。

だけどその日、海斗は学校にくることはなかった。それどころか、その日を境にあたしの目の前から消えた。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません」

そう、跡形もなく……。

担任の先生に聞けば、急な都合で転校したと聞いた。昨日まで普通に学校帰り家まで送ってくれて「明日楽しみだね」なんて夜は電話で話していたのに。その時どんな気持ちで、どんな顔で、あたしと電話をしていたのだろうか。

なんの事情も話してくれないまま簡単に消えてしまったのかと思うと、それはもう怒りを通り越して冷めるしかなかった。


あたしの初恋だった。大好きで日が増すに連れて本気で愛おしいと思えた人。それはあっけなく終わり、それ以来あたしは恋愛なんてしていない。

あれから3年……

目の前には海斗がいるのだ。

「夏輝……海に行こうか」今にも消えてしないそうな小さな声でそう囁いた海斗に思い切りしがみつくと「行きたい」と静かに答えた。海斗の手があたしの頭の撫でていく……大きな手であたしの頭を撫でる海斗の手はとても温かくてその体温が全身に巡っていく。

「もう居なくならないで……」

そのあたしの言葉に海斗は思い切りあたしを抱きしめた。それは今までにないくらい強くて、苦しいほどだった。

3年越しに約束を果たしにきてくれた海斗。

「あの時はごめん」そう言い放った声は、少しだけ震えているように思えたが、あたしは強く海斗にしがみついた。そして恥ずかしそうに手を取り合うと、あたし達はあの日果たせなかった約束の海へと向かったんだ。

そして3年越しに約束を果たしにきた海斗はその日以来、再びあたしの前から消えた。

今度は、どんなに願ってももう二度と逢えないところまで行ってしまったんだ。

~7月20日~

「海斗?なにしてる?今年も逢いに来たよ~」

あの日、海斗と腰を下ろしていた階段にあの日と同じように座る。そして海斗が座っていた所にさっき花屋さんで買った向日葵を置いて……。

「夏輝ってなんか向日葵みたいだな、本当に夏女!」海ではしゃぐあたしを見ながら優しく微笑んで「だから向日葵が昔から大好きなんだ」そう力のないとても優しい声で囁いた海斗。

目を瞑るとその姿が鮮明に思い出される。

「あたしは海斗が好きだけどね」

転校した日、そのまま海斗は緊急入院で治療が始まっていた。生きるための治療、それでも病魔は彼の未来を奪おうと消えてはくれなかった。

海斗は、自分の最後が迫っているのを感じて、家族と医師の反対を押し切ってあの日あたしのクラスに転入生として入って来たんだ。

もちろんあの担任も共犯で。

限られた時間の中で、迎えに来てくれて約束を果たしてくれた。

だからあたしはこうして毎年ここに足を運ぶんだ。

海斗のいる海にーー







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