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第14話 やっと実現した理想の働き方

※未経験からシンガポール現地採用として働く実体験エッセイの連載14話です。

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勤務当初のことを今でも思い出す。

「シンガポールで働く!」と無謀にも日本を飛び出して、やっと内定と就労ビザをもらえた職場は過酷な労働環境で、それでもあきらめきれずに在職期間わずか40日で転職が決まった。

シンガポール2社目の企業はそれはとにかく快適で、さんざんだった1社目と比べるとなにもかもが輝いていた。

厳しくも優しい上司がいて、先輩が毎日つきっきりで指導してくれた。
新しい仕事にチャレンジできる喜びがいっぱいで、先輩から教わるたびにワクワクする。

そんな仕事に巡り会えて、「うちに来てもいいよ」と内定をもらえたのは、実は1社目の職歴のおかげだった。
前職では「エリアマネージャー」という肩書きだけは立派でしっかりしたものだった。(その実態はなんでも仕事を任されるトラブルシューターみたいでひどいものだったけど)

その肩書きとシンガポール就業経験有りという職歴が、ほかの候補者よりも少しだけ私を有利にしてくれたらしい。
たった40日間でも、経験アリナシの二択なら「アリ」と判断してもらえる。これがジョブホッピングとよばれる転職ありきのシンガポール式就業スタイルで、この時は私に有利に作用した。

私にビザと仕事を与えてくれてありがとうシンガポール! しかも2回も!

シンガポールで働いて「恵まれた環境だな」と思うことはたくさんあった。
そのなかでも特によかったのは、新人だからという理由で朝早く来て掃除をすることも、最後まで残ってゴミ捨てをしなくてよかったこと。
地味かもしれないけど、私はこういった気遣いや親切心みたいな「仕事以外の仕事」が超苦手だったから。

朝早く、掃除担当のおじちゃんとおばちゃんがやってきて、昨日の夜のゴミ捨てから始まり、開店前には床をピカピカに磨きあげてくれた。
私がむやみに掃除をすることは彼らの仕事を奪うことになるから、ゴミはそっとまとめて置いておくだけ。

日本では同時進行やマルチタスク、助け合いみたいな他人と自分の境界線が曖昧になりがちで、ハッキリ白黒つけたい私は混乱していた。

それがここでは見事にきっちり役割分担がなされている。
はじめて日本以外で働いたことで、まずはじめに感動したのはこのポイントだった。

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掃除のほかにも、この役割分担は徹底されていた。というか、それぞれ自分の仕事に没頭していて、周りが何をしているかなんて全然気にしていなかった。

例えば、売り場の案内。
私は日本人担当の日本語で接客できる要員として採用されたため、日本人のお客さんからの問い合わせは全て対応する。
日本の商品ならすぐに答えられるけど、シンガポールのローカル商品や海外からの輸入品なんかもなんでも聞かれる。海外在住者あるあるで、日本人スタッフによる日本語サービスは要求が高くなりがちだ。

接客は仕事のひとつだけど、私は日本商品の管理部門に所属している。だからほかの部門のことは全て把握することはできなくても、せめて基本的な商品知識だけでも答えられるように覚えておこうかな、と思った。なんでも答えられたら顧客満足度に貢献できたりなんかして、みたいな甘い考えもあった。

そして隣の部署のマネージャーに軽くたずねてみると、答えは一言「No」だった。あなたにそんなものは必要ないわ、と。

自分の部署以外の問い合わせが来たら、そこのスタッフにポンとお願いすればいいだけで、私が他部署の説明や対応まですることはないからと、マネージャーにはっきり言われた。

これだよ、これ。まさに役割分担ってこういうことなんだ。

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日本人顧客の対応は私の仕事だけど、最初から最後まですみずみ対応する必要はない。途中で担当が変わるのも自然なことで、専門的な仕事というものを具体的に見た気がした。

レジカウンターの仕事はレジを打ってお会計をすることであって、商品の場所や館内施設の案内ではない。
だからシンガポールをはじめアジア諸国で問い合わせをすると「知らない」と言われることがよくある。それは彼らの仕事ではないから、答えられなくて当たり前でもいいということだ。
たまにベテランのスタッフや親切なスタッフが教えてくれることもあるけど、それは個性の範囲なんだろう。

日本の百貨店やショッピングモールなら、どの店員も最寄りのトイレやフードコートの場所くらいなら誰だって教えてくれる。日本にいたら当たり前に受けられていたサービスが、世界基準で見てみるとやっぱりすごいことだった。
でもそれはサービスを受ける側は快適で素晴らしいと思えるけど、私みたいにサービスを提供する側にとっては大きなストレスだったことも事実だ。

自分の仕事はもちろん、聞かれたらなんでも答えられるまで知識を詰め込まないといけなくて、助け合いの精神で周りの仕事も積極的に手伝った。膨大な量とマルチタスクは消化不良を起こして、私は消耗していく一方だった。

それに比べて、スコンと竹を割ったような役割分担。
決められたことを決められた範囲内できっちりやり遂げる。この働き方が、私にはとても合っていた。仕事といえば膨大な量とマルチタスクをこなすものだと思いこんでいた私に、そうじゃない働き方もあるんだと教えてくれたのが、このシンガポール現地採用の働き方だった。

他部署に首をつっこんだら「自分の仕事だけやってなさい」と押し戻され、退社時間を5分過ぎてパソコンに座っていたら「残業なんていいからさっさと帰るわよ!」と職場を追い出された。

言い方はちょっと乱暴だけど、あれは優しさだったんだろうなと今なら分かる。普段は周りのことなんか気にしない人たちが、その時だけは私に声をかけてくれたから。

「理想の働き方」なんて大げさに言っているけど、冷静に振り返ってみたらひとつひとつは地味すぎるマイナーチェンジかもしれない。それでも、日本での「当たり前の働き方」をことごとくひっくり返してくれたシンガポールでの仕事は私にとって理想そのものだった。

こうして2社目の職場で、私は静かにひとり感動しっぱなしで、幸せいっぱいでスタートを切った。

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