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あいだ通信 no.3:松(マツタケと人間)

二十日正月も過ぎ、早いもので一月も終盤。

「松の内」と呼ばれる元旦から一月中旬まで、京都の軒先には門松がずらりと並んでいた。歳神様としがみさまを自宅や店先でお迎え待つ。ここに「松」と「待つ」が連関する。

あたりを見渡せば、わたしたちの生活は「松」に結構な部分を取り囲まれていることに気づく。正月はその登場機会が倍々になることもあり、今回テーマにまで持ち込んでしまった始末である。

「松」はその尖った針葉、常緑なる姿、年月を経ながら天空にひねりを入れる様などから、忍耐・知恵・長寿の象徴としてシンボライズされてきた。日本の沿岸沿いの砂浜に松が並立するランドスケープは「白砂青松はくしゃせいしょう」と呼ばれ、海の向こうからやってくる神様(来訪神らいほうしん)が地上に降り立つ目印にまで「松」は見立てられた。それが生活レベルまで延長し、軒先に門松が並んでいるわけだ。

門松、盆栽、庭木、街路樹、能舞台の鏡板かがみいた、海山の斜面。家から街、海山まで、そこかしこに「松」がある。わたしの母方の旧姓は松尾、友達に松本くん、先輩に松葉さんと、名前にまで「松」は転がり込む。そんな様相なのだから、「松」は日本人のこころを含む植生分布でいえば、国土占有率No.1で間違いないだろうと思う。

白砂青松のランドスケープ

ところで「松」と聞いて、松竹梅の「松竹」ではなく、秋の味覚「松茸(マツタケ)」を連想する人は案外少ないように思う。

マツタケは松(アカマツ)の根に寄生する菌根菌きんこんきんとよばれるきのこである。松が土から水分や養分を吸収するのを助ける代わりに、マツから炭水化物をもらって生活する。松とマツタケは共生関係にあるのだ。だから、マツタケは松が生える所にしか顔を出さない。まるでAさんはBさんが来る時しか飲み会にやってこないみたいに。

昨年の暮れ、門松をこしらえるべく近所の林に松の採集に出かけた。風か鳥によって折られ落下した枝木を拾っていると、案の定、手がべたつく。接着塗料や燃料に使われるだけある松脂まつやにの油分は手強かった。

それから年も明けて、門松を眺めていた時に随分と昔のことを思い出した。小学校の修学旅行で広島に出かけた時のこと。原爆を体験した語り部さんから聴いた一つのことが、長い時を経て、この正月、私の脳内で再生された。

「広島に原爆が落とされた後、荒廃した土地にはマツタケが生えてました」

改めて、当時の写真を振り返ってみると、焼け野原となった瓦礫の街に、松の木だけが天空にひねりを入れて残っている様子が目にまる。写真では確かめられない。けれど、松と土の中で繋がったマツタケがそこにいたことを具体的に想像する。

話を森のなかに移すと、針葉樹林では山火事は自然現象のひとつで、松の木のライフサイクルにも欠かせないものらしい。人類が火をおこす方法を見つけるまでは、雷などが山火事を引き起こしていたのだろうか。

発芽したばかりの松の幼木ようぼくにとって、他の樹木(広葉樹)に日光を遮られないためにも山火事を必要とした。親にあたる老木は、自らの樹脂で火に油をそそきながら、火への耐久性を備えた構造で身を守る。仮に自身がダメージを受けても、松ぼっくりの中にしまった子孫(種)を灰色になった地上に落下させるのだから、言葉がでない。

「松」と「マツタケ」と「火」。言い方を変えれば、「植物」と「菌類」と「人間」がなにか複雑なかたちでからまり合っている様相を肌で感じる。

松とマツタケと人間の絡まり / 星ノ鳥通信舎

話はマツタケに戻る。国産のマツタケは、わたしが生まれた1990年代には既に希少なものとなり、今も昔もとても手を出せる価格で流通していない。マツタケが採れなくなった原因を一つに特定することは難しい。だが、そこにはヒトの「手入れ」が大きく関わっているようだ。

かつて、松の木は燃料材として伐採され、松の葉は畑の堆肥として回収された。ところが、化石燃料が薪と炭に代わり、プランテーションや農薬は松の葉を不要にした。ヒトは都市に移動し、いよいよ松林にヒトの手が入らない。幼木に光が当たらなくなった松林は、広葉樹が密生し、回収されない落ち葉が積もった土中は栄養過多となり、マツタケ(菌)が育たなくなったようである。

わたしはたじろぐ。マツタケは松(アカマツ)との土中での共生関係によって育つため、人工的には栽培できない。にも関わらず、マツタケが発生するためには人為的に手が入った森林でなければならない。

矛盾が生じているのか。それとも、わたしの思考のフレームが歪んでいるのか。

種を植え、水と太陽の光を与えれば作物は育つ。農耕が盛んになった弥生時代あたりからの栽培感覚だけが身に染み込んでしまってはいないか。土の中の数え切れないピースが重なって、マツタケは顔を出す。森で偶然きのこを見つけたあの喜びと引き換えに、出るか出ないかはコントロールできない。これが正しい感覚ではないか。

伐採を含む適度な手入れによって、森林をかき混ぜる。そんなヒトの営みが松とマツタケの共生に手を差し伸べていたという状況には、大きな問いが残る。不安定かつ不確定な状況、まさに今の時代におけるヒトの振る舞いの話だ。

正月に門松を仕立てたり、書斎の盆栽を剪定するような“小さな手入れ”には、そだてる」よりもはぐくむ」感覚があるように思う。はぐくむ」こころが働いているとき、相手に対する期待は「そだてる」ときよりもはるかに小さく、何より自分も一緒になって遊んでしまっているのではないだろうか。

マツタケがまたポコポコと顔を出すまでには、相応の「待つ力」が試されるだろう。待てないわたしたちは、「小さな手入れ」を森のなかに伸ばすように、山に出かけ、樹々と遊びたわむれるしかないんだろうと思う。

森をかき混ぜる手入れ / 星ノ鳥通信舎

Text by Keisuke Saeki(星ノ鳥通信舎)
Art Direction by Sakura Ito(星ノ鳥通信舎)

あいだ通信とは、間合いの国・ニッポンの⽂化に息づく「あいだ」の思想や技術をさまざまな⾓度からリサーチする星ノ⿃通信舎の連載企画です。
なにかとなにかの「あいだ」から世界に新たな視点や対話をつくりだすものごとにスポットを当て、その価値を再発⾒・再構成していきます。