就活ガール#302 高校以前について聞かれたら
これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで同級生であり就活強者の美柑に就活相談をしていた時のことだ。
「エントリーシートでさ。自分の幼少期から順を追って説明させるみたいなやつあるじゃん。」
「あるわね。2000字くらい書かされるやつ。」
「あれどう思う?」
「面倒くさい。どうでもいいでしょう、そんな昔のことなんて。」
「だよな。」
「真面目な話、出自を聞くことに繋がりかねないから、結構グレーだと思うわ。あと何年かすれば厚生労働省から注意喚起が行われるでしょうね。」
「出自ってのがよくわからないんだけど、好きな本とか尊敬する人みたいに禁止質問になるってことか?」
「そうね。厚生労働省としては『配慮が必要』みたいな感じの指針を公表することになるんじゃないかしら。でも、特に罰則等がないから実質的には引き続き聞き放題よ。好きな本だってそうでしょう?」
「なるほど。」
「で、出自ってのはつまり、その人の出生地、昔の居住地、両親の職業等ね。この辺は差別につながるから、一般的に聞くのはよくないことだと言われているわ。」
「なるほど。たしかに通ってる公立小中学校名で居住地がだいたいわかったりするよな。あとは特定の職業の人が多く住むエリアだと、親の職業が予想できたり、経済状況とかもわかるかも。」
「そうね。もともと日本では部落問題やアイヌ問題がよく話題になるけど、これからは今までよりも多様な人が集まってくるから、それ以外にも色々あるんじゃないかしら。例えば福島原発の近くで生まれ育った人とかね。」
「うーん。ある程度出生地や血統が特定できたとしても、そういうので差別が生じるとは思えないんだけどなぁ。」
「どうなんでしょうね。私もよくわからないけど、聞かれること自体が不愉快って人もいるんじゃないかしら。」
「なるほど。で、それはいいとして、とりあえず俺は幼少期からのいわゆる自分史についてエントリーシートに書かないといけないんだよ。」
「ああ、そうだったわね。書けばいいじゃない。何が問題なの?」
「覚えていない。」
「そっか。」
「幼稚園児や小学生の時に何をしていたかすらあまり覚えてないのに、どんなこと考えてたかなんてなおさら曖昧だろ。稀に覚えてるのはくだらないことばかりだし。」
「はぁ。」
「なんだよ。美柑は覚えてるのか?」
「いいえ。」
「だろ。」
「なんていうか、真面目すぎるのよね。そんなもの適当に書いてりゃいいのよ。」
「そうきたか……。」
「いい? 企業が2,000文字もの長文で自分史を書かせたがっている理由は大きくわけて3つだわ。まずは、その人がどういう人なのかを知って入社後どういう活躍をしてくれそうかを知りたい。次に、長期間継続して人生に筋が通ってるのかを確認したい。要するに気が変わってすぐに転職されたりすると困るってことね。」
「なるほど。」
「で、最後に、まともな文章力があるかを知りたい。2,000字もの長文になると支離滅裂な文章を書く人が大量発生するからね。」
「原稿用紙5枚分ってことだもんな。昔書いた読書感想文よりも遥かに長い。」
「原稿用紙だと改行や空白も文字数にカウントされるけど、エントリーシートだとカウントされないから、実際は5枚分どころじゃないわね。400字でも意味不明な文章を書く人が結構いるのに、2,000字になるとまともな文章が書けるだけでも上位半分くらいには入れるんじゃないかしら。」
「そんなに皆ひどいのか……。」
「自分史っていうテーマ上、他人に見せにくいしね。」
「たしかに志望動機とかだと添削をお願いしやすいけど、自分の幼少期についてを見せるのはなんか恥ずかしいな。」
「それでも、ちゃんと見せて添削してもらったほうがいいと思うけどね。自分だけで2,000文字の文章をわかりやすく仕上げられる人なんてほとんどいないから。」
「わかった。それで、文章力以外だとやっぱり俺がどういう人なのかっていうのをある程度の一貫性というか、筋の通った話として知りたいっていうのが企業側の出題意図なんだな。だから多少事実と違ったり話を盛ったりしてもかまわない、と。」
「ええ。まぁ面接の質問なんて全部そうだけどね。で、今からする話も自分史に限らずガクチカとかでも当てはまる重要な考え方なんだけど。」
そういって美柑が少し間を置いた。
「うん?」
「エントリーシートや面接では事実をうまく切り取って話すのよ。良いところだけを見せるの。」
「わかる。ガクチカっていうのは自分が一番力を入れたことを答えるのではなく、数ある力を入れたことの中から、その企業に伝えたいことを選ぶんだろ? それがたとえ一番ではなくて2番目とか3番目、あるいは10番目くらいだったとしても。」
「ええ。そうよ。自分史だって同じで、極端な話、『小学校時代に好奇心で万引きしました』とか『精神的に未熟でいじめっ子でした』とか書いていいわけないじゃない?」
「そりゃそうだ。」
「だから、隠したいことは隠して綺麗なところだけ書けばいいのよ。」
「でも、例えば中高生時代の部活動についてとかは多くの人が書くだろ? だから、例えば帰宅部の場合とかで書いてない人がいると、不自然に思われるんじゃないか。」
「緩い部活に入ってたことにするとか、趣味で何かやってたことにすればいいんじゃないの?」
「バレないかな……。」
「別にそれについて面接で深く聞かれたりしないから、問題ないわよ。」
「その辺は割り切りが必要なんだろうな。」
「ええ。まぁどんなエピソードを盛り込むかは別にどうでも良くて、ポイントとしては、読んだ人に『この人はこういう人なんだな』ということをイメージさせることを目的とした文章を書くことよ。」
「例えば?」
「例えば、自分はリーダーシップがある人間だということをアピールしたいとするじゃない。そうすると、まず小学生の時は大人しくクラスの隅っこにいたという話を書く。」
「リーダーシップないじゃん。」
「最後まで聞きなさいよ。」
「はい。ごめん。」
「で、中学生の時に勉強ができるからという理由で委員長を押し付けられる。それが意外と楽しくて、クラスを仕切って体育会を成功させる。このあたりから周囲の人たちと積極的に会話するようになり、コミュニケーション能力も上がってくる。」
俺が怒られにように黙って頷くと、美柑が満足げな表情で話を続けた。
「高校時代では吹奏楽部の部長となりコンクール等で目立った成果は残せないものの、部内で新たな制度を導入するなどする。そして、大学では居酒屋でのアルバイトに精力的に取り組み、2年目からは後輩を指導する立場になる。こんな感じね。エピソードとしてはどれもしょぼすぎるけど、まぁ筋が通ってるという意味では十分だし、あとはうまく話しに肉付けをしていくと、十分リーダーシップがあることが伝わるでしょう。」
「なるほど。いつ、どういう経緯で自分がリーダーシップを獲得したかを書くために小学生時代があったわけだな。」
「そういうことね。その方が説得力があるでしょう?」
「うん。積極的に自分の悪いところを改善してきたっていうのも印象よさそうだ。」
「まぁこの話は今適当に考えた一例だからあまり真に受けないようにして欲しいんだけど、言いたかったのは、自分がどういう人なのかっていうのを複数の時代の複数のエピソードから裏付けるのが自分史だってことよ。」
「なるほど。単純にその当時考えていたことや力を入れていたことを羅列すればいいっていう訳ではないんだな。」
「そうそう。例えばさっきの話だと、『高校3年生の夏からは受験勉強に集中しました。具体的には……』みたいな感じの話を挿入することもできて、おそらくそれは事実には即してるんだろうけれど、わざわざ文字数を割いて書く必要があるかと言われると、私はそう思わないわね。」
「いくら2,000字もあるとはいえ、文字数は有限だもんな。そんなことを書くならどういう風にリーダーシップを発揮したかについて、部活動やアルバイトの話を詳しく書いたほうが良さそうだ。」
「そうね。長文の作文の場合でも自分が何を伝えたいのかを中心に考えて書かないと、ダラダラと何を伝えたいのか分からない文章になってしまうわ。」
「わかった。色々とありがとう。」
そこまで話して会話を終えた。今日は長文で自分史を書く場合について考えることができた。この手の質問は、その他の400字程度の質問に比べると、わかりやすい文章を書くことが強く求められていると感じた。また、長文だからといってなんでも盛り込めばよいというワケではなく、自分がアピールしたい能力等にそってエピソードを正しく取捨選択する必要があるだろう。そんなことを振り返りながら、一日を終えるのだった。