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就活ガール#180  法学部なのに弁護士を目指さない

これはある休日のこと、白雪学園法学部のOGで俺のゼミの先輩でもあるアリス先輩と食事をしていた時のことだ。

「アリス先輩、相談なんですけど。」
「どうしたの?」
「この前、面接でどうして弁護士を目指さないのかって聞かれたんです。初めての質問だったんですけど、たしかに言われてみればどうしてだろうって自分で思ってしまったんですよね。」
「なるほどね。私たち、法学部生だもんね。私たちの感覚から言うと、弁護士って法学部の中でも相当な高学歴の人が大学院を卒業してから受験するものだから、法学部とはいえFラン大学の生徒が目指すようなものではないっていうのが共通認識になってしまってるけど、法学部とか弁護士に詳しくない普通の会社員からすると、なんでなんだろうって単純に疑問に思うのも理解できるわ。」
「そうなんです。冷静に考えればそれがおかしいというのは正論だと思います。別に弁護士だけが全てではないですが、やっぱり法律を学ぶ人の最終目標というか、最も高い目標は司法試験を突破して弁護士とか検察官とか裁判官になることですよね。」

「そうね。あとは公務員も法学部と相性がいいわよね。」
「はい。東京大学の法学部とかって、もともとは官僚を育成するためにできたらしいですからね。」
「そうすると、面接官としてはなぜ弁護士とか公務員を目指さずに、民間企業での就職を希望するのかは当然気になるところだと思うわ。法務部を目指すっていうなら少し話は変わってくるかもしれないけど、ピンポイントで法務部を新卒で募集してる企業はほぼないわよね。」
「はい。ほとんどの場合では総合職っていう単位ですし、そうすると受験する側の学生も、まずは営業職を前提にキャリアプランや面接で話す内容を考えると思います。」
「そうよね。これに近い話は法学部と司法試験だけではなくて、教育系の学部なのに教師や教育関係の企業を目指さない人とか、美術、音楽、体育系の大学に通っているのに民間企業で事務職になろうとしている人などにも言えることだと思うわ。あとは、理系なのに文系就職を目指す人全般にも言えるかもしれないわね。賛否あるところではあるけど、基本的には理系の方が難易度が高く、理系から文系になることはできてもその逆はできないっていうのが共通認識になってるわよね。」

「はい。つまり、理系から文系就職しようとすると、理系を辞めたい理由が何かあるんじゃないかって思われやすいってことですよね?」
「そういうことよ。たしかに理系の文系就職は逆に比べるとしやすいんだけど、とはいえこういう『面接官としては当然考えるであろう疑問』にちゃんと答えられないと、合格率は上がらないでしょうね。」
「はい。抽象化した言葉で言うと、自然に考えていきつく結論通りではない洗濯をしようとしている場合はその理由を丁寧に説明しないと信頼されないですね。」
「ええ。それで、質問にはどういう回答をしたの?」
「はい。こんな感じです。」

質問
なぜ法学部なのに弁護士を目指さないのですか?

俺の回答
今の私の知識では合格が難しいからです。入学当初は司法試験に向けた勉強をしていましたが、合格に必要なレベルまで学力を上げることができませんでした。しかし、法律について勉強し、法的な物の考え方ができるようになったことは、例えば取引先企業との契約締結時など、御社に入社後も様々な場面で活用できると思います。(150字)

「うん、全然ダメね。」
「ダメですか……。」
「正直、面接官の意図を全く分かってないと思うわ。一応、どういう経緯でこういう回答をしたか説明してくれる?」
「はい。まず、これは以前教えていただいた『なぜFラン大学に入学したのか』っていう質問と近いと思ったんです。で、その時、Fラン大学に入ったことはどう言い訳しても無駄だからそれはやめて、その後に学んだことなどをアピールの部分に力を入れた方がよいという話を聞きました。なので、今回の質問でも、司法試験や予備試験に受からなかったことは実力不足と認めて、それでも法律の知識や法的思考が身に付いたことを伝えようと思ったんです。で、最後はできるだけ具体的に言ったほうが良いと思ったので、活用できる場面の一例として契約締結の話を述べました。」

「なるほど。やっぱり全然ダメね。」
「えぇ……。」
100点だとは思っていなかったが、悪くない回答だとは思っていたので露骨にがっかりとした表情を浮かべてしまう。何がダメなのだろうか。さっぱりわからない。

「まず大前提から違うわね。大学受験では基本的に偏差値が高い大学に行くことが絶対正義だとされてるわ。稀に特定の教授に惹かれたとかっていうパターンもあるけど、特に学部レベルだとそれはあくまで例外よね。」
「はい。」
「一方で、司法試験は違うわ。法学部でも民間企業に就職する人は多いし、むしろ司法試験や予備試験を受験する人の方が少数派でしょう?」
「たしかにそうですね。今は大学院に進学しないと受験資格が得られないということもあって、うちみたいな大学だとほぼ全員、受験すらしないと思います。」
「そうよね。あとは公務員試験もそう。教育学部の人が教育に関係のない仕事に着いたりするのもそうだし、音大を卒業しても音楽家になれる人は限られてるでしょう?」
「はい。仰る通りです。そもそも大学受験は基本的に偏差値が高い大学が低い大学の上位互換になってますけど、仕事はそれぞれ自分がやることも、社会に対して提供する価値も、全然違いますからね。一応給料とか労働時間っていう意味では上下がつきますけど、一概に何が良い仕事で何が悪い仕事とは言えないと思います。」

「そうそう。だから、法学部だけど司法試験を目指さなかったと言っても全く悪くないのよ。この点が、はじめからFラン大学を目指して勉強をしていましたっていう話が通用しないのとは全然違う。」
「なるほど。わかりました。」
「で、企業としてはなぜ司法試験ではなく民間就職を目指したのかを聞きたいのに、夏厩くんの今の回答だと、なんだか消去法的にそうなりましたって答えてる風に見えるのよね。」
「たしかに言われてみると、司法試験に受かりそうもないから受験せず、それでも一応御社でもなんとかなりますっていう回答に見えてきました。そういう意図はなかったんですが……。」
「意図はなくても相手にはそう聞こえてしまうわね。だからこの回答は全然ダメ。」
「はい。わかりました。ありがとうございます。」
「で、私が回答するとしたらこんな感じよ。」

アリス先輩の回答
弁護士は既に大きなトラブルになってしまった特定の事件について解決する仕事が多いと認識しています。しかし、私はトラブルを未然に防ぎつつ社会全体に幅広く貢献することに、大学で学んだ知識を活かしたいと考えています。貴社で営業の仕事をするうえでも、法務部に相談する前の段階で簡易的な法律判断ができる能力があることは、きっと役に立つと思います。(167字)

「なるほど。弁護士の仕事が特定かつ事後のトラブル解決ということに注目して、それと対比する形で御社の業務について述べてるわけですね。」
「ええ、そうよ。実際は弁護士だってトラブルの事前防止のために色々働いたりもするんだけど、そこまで厳密に考えることは無いわ。結局この質問も志望動機の一部であり、志望動機を説得力を持って語るための補足説明だと考えることが大切よ。」
「わかりました。だから自分がどういう風に貢献したいかについて述べる必要があるんですね。」
「ええ、そうよ。ちなみにこの回答をすると、『どうしてトラブルを未然に防ぎたいと思ったのか』みたいな追加質問が想定されるから、それに対する回答もあらかじめ準備しておくといいと思うわ。」
「はい。一度に喋りすぎると長くなるので、そこは最初の回答ではカットして、追加説明を求められたらするんですね。」
「ええ、そんな感じ。」
「今日もありがとうございました。」

アリス先輩にお礼を言って、話を終えた。今日は、法学部なのに弁護士を目指さない理由について聞かれた時の回答方法について勉強することができた。今日の内容は、法学部の人以外でも、選考とは違う進路に進もうとしている人全般に役立つ知識であると思う。大学受験とは異なり、必ずしも選考に沿った企業を選ぶ必要はないということを前提に、なぜ自分がこの進路を選択したのか説得力を持って述べる必要がある。

そして、それは志望動機とも密接にかかわる問題と言えるだろう。つまり、これらの質問は、志望動機に対する面接官の不安からきているものだといえる。そういう前提への理解があれば、どのように答えればよいのか自然と見えてくるのではないかと思い、一日を終えるのだった。

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