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就活ガール#237  社員をクビにする方法

これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで同級生の美柑と就活について話していた時のことだ。同級生とはいえ就活スキルが違いすぎる美柑には、日頃からいろいろとお世話になっている。

「ねぇ音彦、ちゃんと早期選考とか受けてる?」
「受けてるけど、全然通過しない。やっぱり難易度高いのかな。」
「難易度は高いけど、受からないのは自分の実力不足よ。もしくは運が悪い。」
「まぁそうだよな。実際美柑は俺と同じ大学な上に1年ダブってるのに受かってるわけだし。」
「ええ。この時期は高学歴や留学経験者などハイスペックな人達でもエントリーシートや面接のコツをつかみきれてない人が多いから、うまくいけば逆転できるチャンスだわ。」

「なるほどな。そういえば、外資企業って早期選考が多い気がするけど、どう思う?」
「どうって?」
「外資って厳しい実力主義制度になってて、俺なんかがついて行けるような世界ではない気がするんだよ。すぐにクビになりそう。」
「心配しすぎでしょう。犯罪や無断欠勤みたいな明確に悪いことをしなければ、単なる無能程度ではすぐクビになんてならないわよ。」
「さすがに犯罪や無断欠勤はしないと思うけど、無能なだけではクビにならないんだ? 会社に行ったら自分の席が亡くなってて、後日荷物が自宅に郵送されてくるみたいな話聞いたことあるけど。」
「一部の高度な専門職だとそういうことも全くないとは言えないわ。ただ、少なくとも新卒にそんなことをしたらいくら外資でも問題になるでしょうね。」
「外資なら別に許されるんだと思ってた。」
「呆れた。あなた法学部でしょう?」
「そうだけど……。」

「いい? 登記場所が外国であっても日本であっても、株主が外国人であっても日本人であっても、日本国内で企業として活動をするのであれば、日本の労働法の適用をうけるのよ。労働基準法とか労働契約法とか、概ね全部ね。」
「っていうことは日本企業と全く同じってことか?」
「そうよ。」
「そうだったのか。全然知らなかった。」
「外資は日本企業よりもクビにしやすいっていうのはイメージが先行してるだけで、実態とは全く違うのよ。もちろん、法律違反してる企業は別だけど、外国でビジネスする場合、普通は自国内以上に入念に法律チェックするでしょう?」
「法律を知りませんでしたは通用しないもんな。個人レベルの犯罪の話だけと、日本では軽犯罪程度のことをしただけで死刑とか長期の懲役刑になる日本人もたまにいるし。」
「そうそう。違法薬物関係とかね。」

「ってことは外資でもクビになることはないと思っていいんだな?」
「正確に言うと、難しいって感じね。逆に言うと日本企業でも難しいだけでクビにすること自体は可能よ。ちなみに外国でもだいたい似たような法律だから、正直、外資は厳しいとか日本のサラリーマンは守られているっていうのは過剰な表現が多すぎると思うわ。」
「そうだったのか……。」
「法律上はクビにすることも可能だけどなかなか実行しないのが日本企業、実行するのが外資企業っていう違いじゃないかしら。まぁ法律上可能だとしても、日本の社会がそれを許すかっていうとそれはまた違う話だから、経営者側も頭を悩ませてると思うわ。」
「労働者が簡単にクビにするのはおかしいっていう風潮を維持し続けることが、一番自分たちの身を守ることになるのかな。」
「そうとも言えるでしょうね。経営者側は、働かないおじさんとかをやり玉にあげて労働者同士の対立を煽ってるけど、誰だって働かないおじさんみたいな立場になることはありえるから、あまり他人事と思いすぎない方がいいと私は思うわね。」
「うーん。この話、いろいろ掘り下げると結構難しそうだな。」

「じゃあまぁこの辺にしておこうかしら。他に何か気になることはある?」
「実際にクビにする手法について教えて欲しい。難しいけど可能なんだろ?」
「ええ。可能よ。」
「半分ただの好奇心だけど、気になる。」

「まず、半年に1回くらい行われる人事考査で悪い評価を付けるわ。もちろん、1回だけだと偶然ってこともあるから、最低でも2回以上は連続させる必要があるわね。」
「この段階で既に1年かかるってことか。」
「ええ。その後、他の部署に異動させるの。」
「なんで?」
会社としてはクビにしないで済むように、本人の適性等を考慮してできる限り働ける場を作ることに尽力したっていう建前が必要だからよ。実際、部署異動することで人が変わったかのように成果を上げだすケースもあるわ。」
「その言いっぷりからすると、レアケースか?」
「そうね。基本的には仕事ってできる人はわりとなんでもできるし、できない人はわりとなんでもできない傾向にあるのよ。これは就活でもそうだから覚えておくといいわ。」
「たしかに、いわゆる無双者って結構いろんな業界、職種で内定取ってるよな。一方で内定が無い人はいろいろ受けても結局内定が取れない。」
「就活と同じで、業務にもコツみたいなのがあって、それはどんな仕事でも概ね共通してるってことでしょうね。」
「無能に厳しい世界だ……。」
「資本主義社会なんだし、そりゃそうよ。それが嫌なら有能になるか、有能のフリをするスキルを身に着けるか、農家や猟師になって自給自足するか、独裁国家に行って貧しい生活をするかくらいしかないんじゃないかしら。」
「その中だと、やっぱり有能のフリをするのが一番楽そうなんだよなぁ。」
「そうね。まぁ実際にどうしようもない無能がいるのは事実だけど、大半の場合はコツを知らないだけだから、うまく波に乗れば少なくとも平均的な会社員くらいまでは能力を上げられると思うわ。」
「なるほどね。」

「それで話を戻すと、部署を移動させて、それでも成果を残せないってなると、業務改善指示書みたいなものが登場するわ。」
「なにそれ?」
「一般にはPIPとかって略されてる書面で、1年以内にこの書面に書いてある通り業務態度や成果を改善しますっていう制約をさせるためのものよ。成績を残せない社員はこれにサインさせられるの。」
「サインを拒否したら?」
「ええ、拒否するのが一番いいわ。でもサインするまで何度も何度も言われるのよね。どういう内容だったらサインできるかみたいな打ち合わせが何度も何度も繰り返され、結局サインさせられるに至ることが多いわ。」
「相当強い意志で拒否しないと無理ってことか。」

「ええ。そして、この書面に基づいて週に1回くらい上司と面談をして、改善状況を確認するの。途中で随時、改善期限の延長をしたりとか、中身の変更をしたりするわ。これを1年くらい続けて、それでも改善されなかったら、会社はようやく社員をクビにできるってわけ。」
「最初の部署で1年、異動先で1年、改善計画書にサインしてから1年、合計3年かかるってことか。」
「そうね。まぁ実際は一連の無能扱いに耐えかねて自分から転職していく人も珍しくない。逆に言うと、プライドを捨てて粘り続ければ3年は猶予期間があるから、その間に転職先を見つけるといいんじゃないかしら。」
「3年もあれば、わりとどんな企業でも転職できそうだなぁ。それなりの難関資格を取ったり、副業で経験を積んだり、学校に通ったり、なんでもできそうじゃん。」
「ええ。結局何があっても粘ったもの勝ちって感じよね。辛くても次の仕事が見つかるまでは絶対に辞めないというのが転職活動の常識よ。」

「いろいろと話を聞いてると、クビになることをあまり心配しても意味がない気がしてきた。」
「ええ。そもそも社会人って、意外と無能が多いのよ。普通に当たり前のことをやっていれば十分で、仮に平均以下だったとしても、下位数パーセントに入るレベルでなければ解雇は関係のない話だと思うわ。」
「でも無能にはなりたくないなぁ。」
「無能っていうか、だんだんとやる気がなくなるのよね。一部の超有能以外は出世レースから脱落し、家庭など他に大事な物ができると、意図的に働かなくなるのよ。」
「まぁ自分の限界みたいなのが見えた時に他に楽しいことを見つけたら、仕事にやる気でないよなぁ。」
「ええ。そういう人をクビにするために企業はいろいろ策をめぐらせてるってことよ。だからそもそも20代の若手をクビにしようっていう発想がない企業が多いから、心配しすぎなくていいわ。」
「そっか。ありがとう。たしかに20代をクビにしても削減できる人件費は少ないわりに、かかる手間は50代の人と同じだもんな。」
「ええ。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は企業が社員をクビにする方法について話を聞くことができた。外資企業や実力主義といわれている企業であっても、強制的に解雇をするのはかなり大変らしい。自分は無能だと思っていても実際に働いてみると意外となんとかなるとも思ったので、あまり深く考えても仕方がないだろう。それに、優秀な人に囲まれていると自分も優秀になれる気がする。そんなことを思いながら、一日を終えるのだった。

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