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就活ガール#236 転職を視野に入れた就職先選び

これはある日のこと、ゼミの集まり前の谷川ゼミの一室で、アリス先輩に就活の相談をしていた時のことだ。

「アリス先輩、企業選びについて相談させてください。」
「ええ、いいけど。もうすぐ皆来るから手短にね。」
「はい。伺いたいのは、転職を前提に就職先を決めることの是非についてです。」
「なるほどね。夏厩くんはどう思うの?」

「少なくともまだ3年生のうちは、そこまで考えなくても良いんじゃないかって思っています。というか、行きたい会社があるなら新卒で目指せると思うんですよね。もちろん難しい企業もあるんですが、そういう企業でも中途採用よりは新卒採用の方がまだマシなんじゃないかって気もしますし。」
「そうね。私も新卒で大手企業が狙える今の時期から転職前提に動くのは変だっていう結論は同じだわ。ただ、理由の部分はいくつか意見が違うところがあるわね。」
「どこですか?」

「まず、中途の方が新卒よりも難しいとは言い切れないわ。特に私たちの場合は、学歴で得をしないどころか損をしてるでしょう。でも中途採用だと学歴は関係がないから、言ってみればマイナスを帳消しにできるのよね。」
「なるほど。ということは、低学歴ほど中途採用に望みをかけた方がよいってことですね。」
「露骨に学歴フィルターをしている企業についてはそうね。ただ、そういう企業って中途採用の枠が少ないことも多いし、似たようなことを狙ってる人が多数いるから、結局は新卒と中途のどちらが入りやすいかは一概には言えないけど。」
「新卒で無理だったからといって絶望することはないけど、楽観視もできないって感じですかね。」
「中途半端な結論になるけど、そんな感じね。」
「わかりました。ありがとうございます。」

「あと、転職前提でっていうほどではないけど、転職を視野に入れた仕事選びは早いうちから意識した方がいいと思うわ。」
「どう違うんですか?」
「あまり言葉遊びをしても仕方ないけど、前提っていうと転職するのが確定みたいじゃない。でも実際は、働いてみると意外と長く勤められたりする。むしろそういう企業を探すのが就活の王道よね。」
「はい。」
「でも実際問題として、転職しないで40年間同じ企業に勤め続ける人はほとんどいない時代なのよ。今の30代の6割は転職経験者だという調査もあるわ。」
「1社目を退職して専業主婦になった人とか、そもそも1度も就職していない人もそれなりにいるだろうとかって考えると、6割はかなり多い気がしますね。」
「でしょう。だから、いずれは転職することも視野に入れた方がいいって思うのよ。」

「具体的には、どういうところで企業選びに影響しますか?」
「まずは勤務地。」
「意外なところから来ましたね……。」
これからはオンライン面接がどんどん減ってくると思うのよ。」
「あ、そっか。また出社する企業が増え始めてますもんね。」
「そうそう。転職活動は仕事の合間に行うものだから、東京から離れてるとそれだけでキツいでしょうね。」
「たしかに……。田舎は大手企業が多くないですし、支部があったとしても最終面接は本社でおこなったりしますもんね。」
「ええ。だからいわゆる僻地勤務だとキツイと思うわ。もちろん、ジョブローテーションの一環などで数年で戻って来られるならいいと思うけどね。戻って来るまでは転職は難しいと思ったほうがいいという意味でもあるけど。」
「就活をしていると、新卒でも地域格差はひしひしと感じますね。」
「そもそも企業が少ないのよね。それに加えて最近は地元志向の強い若者が増えてるから、倍率だけは上がってるのよ。」
「はい。地元勤務へのこだわりすぎは気を付けようと思います。って、俺の地元は東京だから関係ないですけど。」
「フフ、そうよね。」

「他には転職する際に気を付けた方が良いことはありますか?」
「企業の規模ね。」
「あ、これは予想通りです。やっぱり大手企業の方が箔が付きますもんね。
「そういうイメージの話もそうなんだけど、実際の業務内容としても大手企業の方がいいのよ。」
「縦割りになりがちな大手に対して、中小企業の方が裁量権があるとか幅広くいろんな業務ができるっていう風に聞きますが……。」
「それはあまり真に受けない方がいいわね。」
「嘘だったんですか? 実際、人が少ないから一人当たりの業務幅が広いというのはありそうだと思ってたんですが。」

「うーん。たしかに業務の幅は広くて、社内での役割分担という意味では裁量権は結構あるわ。ただ、社外からの圧力に振り回され続けるのが中小企業なのよ。」
「もう少し詳しく教えて欲しいです。」
「つまりね、大企業はマーケットのルールを決める側なのよ。そして中小企業は、マーケットが作ったルールの中でビジネスをしないといけない。わかりやすい例を一つ上げるとしたら、いわゆるトヨタカレンダーとかが挙げられるわね。」
「トヨタの社内カレンダーですよね。祝日が潰される代わりにゴールデンウィークやお盆の前後に連休があるっていう感じでしたっけ。」
「そうそう、そんな感じ。そして、トヨタと取引がある企業の中にはこのトヨタカレンダーに従って営業してるところも珍しくないわ。」
「理解できました。自社はカレンダー作成にかかわってないのに、トヨタが勝手に決めたカレンダーで営業日が事実上決まってしまうということですね。」
「そうよ。中小企業はそんな感じで、外部の要因に振り回されやすいのよ。他にも、業界全体への法規制が強まったりすると、真っ先に影響を受けるのは下請けをやってる中小企業だったりするでしょう?」
「たしかに……。そう考えると、いうほど裁量というか、自由は無いのかもしれませんね。」
「ええ。社内で自由に立ち振る舞えたとしても、そもそもその会社の方針自体が自分たちにはどうしようもない力の影響を受けやすいから、結局裁量が大きいとは言えないんじゃないかしら。」

「でもそれって転職に関係ありますか? だって、裁量が無いのは大手企業も同じですよね。話を聞いてると、社内の裁量か社外の裁量かっていう違いがあるだけで、結局新人に裁量なんて無いんだと感じましたけど。」
「ごめんなさい、少し話が回りくどかったわね。中小企業でも裁量がないということは、大手企業と比べてスキルが身に付くなんていうことは別にないの。だからそれを基準に選ばない方がいいってことよ。」
「なるほど……。」

「それから、そもそもなんだけど、大手企業と中小企業では業務上必要なスキルが違うのよ。だから、中小企業でいくら経験を積んでも大手企業に行くことは難しいわ。」
「幅広く色々経験できるけど、一つ一つの濃度が薄いっていうことですか?」
「いいえ、そういう話じゃないわ。」
「例えばなんだけど、人事部で採用担当をすると仮定するじゃない。この時、1年間で300人を採用する企業と、5人しか採用しない企業だと業務内容が全然違うのよ。もっというと、人気企業かそうでないかでも変わってくるでしょうね。」
「あ、たしかにそうですね。たくさん応募が来る企業はどうやって人を選ぶかっていうところに重点を置くでしょうし、応募が少ない企業の場合はどうやって応募者を集めるかっていうところを重視すると思います。」
「そうよね。他にも、お金を使って求人を出して大量採用するのか、コネクションなどを使って一人一人丁寧に一本釣りして採用するのかっていう方針の違いとかね。」
「中小企業の業務のやり方だと大手企業では通用しないっていうことですね。」
「逆もそうよ。大手企業のような殿様商売は、中小企業では通用しない。」
「でも大手から中小への転職はしやすいって言いますよね?」
「それは、大手に入る人はそもそもの基礎能力が高いことが多いからよ。経験が直接活きないっていう意味では大手から中小も、中小から大手も、あまり変わらないわ。」

そこまで話したところで、他のゼミメンバーがぞろぞろと室内に入ってきた。少し中途半端なところで話が終わってしまったけれど、もう時間切れらしい。アリス先輩に礼を言って、自分の席へと戻ることにした。
今日は転職を視野に入れた就職先選びについて話を聞くことができた。世間で言われている以上に、中小企業から大手企業への転職は難しいらしい。スキルが身に付くという漠然とした期待だけで安易に就職先を選ぶと失敗しそうだなと感じた。身に付くスキルを前提に考えるのであれば、もっと具体的にプロジェクトの規模や使用するフレームワークやツールなどまで理解していた方が良いだろう。とはいえ、学生時代にそこまで調べるのは難しい。そうすると、やっぱり大手企業を選んでおくのが無難ではないかと思った。そんなことを振り返りながら、一日を終えるのだった。

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