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就活ガール#246 自己分析の前に企業を選んでみる

これはある日のこと、誰もいないゼミ室で4年生のアリス先輩に就活相談をしていた時のことだ。

「アリス先輩、今さらの質問なんですけど、いいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「自己分析って何をすればいいんですかね?」
「ずいぶんとざっくりした質問ね。何か意図はあるの?」
「はい。自己分析のやり方って、過去を振り返って年表を書くとか、得意不得意をまとめるとか、そういう断片的な知識はある程度あるんです。でも結局それらがどういう意味を持ってるのかよくわからないというか、全体像が掴み切れてないんですよね。それで抽象的な質問になりました。」
「なるほどね。まぁ就活初期ではありがちなことだわ。それでも、何もしないよりは何かした方がいいに決まってるから、何から始めるべきか悩んでるだけの人に比べると前を歩けてるわ。」
「ありがとうございます。」

「まずそもそもなんだけど、自己分析をするにあたって、自分の過去や現在を振り返るところから始めるのはやめた方がいいと思うわね。」
「えっ」
「自分の過去や現在について掘り下げると、何らかの仕事への適性とかやる気とかが見つかると思ってるなら、それは捨てた方がいいと思うってこと。」
「違うんですか……。」
「ええ。たいていの場合、『できれば働きたくないけどしいて言うならこれかな』みたいな結論になるでしょう? 無給でも働きたいかって言われるとそうじゃない人がほとんどだと思うわ。」
「それって自己分析が甘いだけじゃないですかね。人間って潜在的には他人の役に立ちたい生き物だって言いますし。」
「どうでしょうね。私はそうは思わないわ。だって、他人の役に立つことと、それを仕事としてやることは全然別の話でしょう?」
「たしかにそうですね……。」
「で、こういう手順で仕事を選んでも、そもそも最初の部分が『これがマシかな』くらいのニュアンスだから、全然ポジティブな気持ちになれない人もいるわけよ。就活って精神状態を保つことが重要だし、それが面接での言動にも現れたりするから、これは致命傷に近いと言ってもいいわ。」

「それじゃ、自己分析っていったい何なんですか?」
「私が思うにね。まず、結論が先にあるのよ。例えばカネを稼いで豪遊したいとか、ホワイトな職場環境でサボって新聞を読むだけで給料が欲しいとかね。他にも、芸能人と一緒に仕事をしたいとか、ゲームが好きだから作りたいとか、社員割引で海外旅行がしたいとか、まぁなんでもいいわ。各企業に対する本音ベースの志望動機っていうやつね。」
「はい。まぁ実際はそんなものですよね。仮に『社会貢献したい』みたいな思いが本当だとしても、社会貢献できる企業が多数ある中で特定の企業を選ぶ理由って、そういう自分本位な理由に落ち着くと思います。」
「ええ。で、それに対して必要な情報を自分の中から拾い上げる作業が自己分析だと私は思ってるわ。」
「もう少し詳しく教えてください。」

「例えば、自分がお金を稼げたり経営者とコネクションができるという理由でコンサル企業に入りたいと思ったとするじゃない。そうすると、そのために必要なスキルというのが自然と見えてくるわよね。」
「はい。頭の回転の速さ、経営や法律やITに関する知識、コミュニケーション力、心身ともにタフであること、とかですかね。」
「ええ。その辺は一般論としてネットで情報を拾ってもいいし、OB訪問で聞いてもいい。あとは企業の求人サイトにも、求める人物像として書かれてるわよね。」
「はい。」
「で、それをアピールするために必要なエピソードを探すわ。ここで初めて自分の過去や現在について考えるのよ。」
「例えば、コミュニケーション力があることをアピールするために、アルバイト先で老若男女幅広い人と関わってきた話をしようとかってことですか?」
「そんな感じね。もっというと、選考や質問のどこでどういうアピールをするかまである程度見通しを付けておくといいわ。例えばコミュニケーション力はガクチカのアルバイトエピソードでアピールするとか、心身のタフさについてはサークルでの厳しい練習の話でアピールするとかね。」
「なるほど。たしかにアピールが偏りすぎてるとバランスが取れないですもんね。」

「ええ。選考って基本的に加点方式で、各項目の上限となる点数が決まってるの。だからひたすらコミュニケーション力をアピールするよりも、バランスよく頭の良さや心身のタフさなどもアピールした方がいいんじゃないかしら。」
「その辺って感覚的にはわかりますが、実際は難しいですよね。アピール項目がバラバラになりすぎてると、結局何を伝えたい人なのかわからなくなってしまいますし。」
「そうね。私はメインアピールを一つ、自己PRなどで明確に伝えたうえで、残りについては他のエピソードでさりげなく匂わせるというのがいいと思ってるわ。」
「ありがとうございます。俺もそれやってみます。」

「それで話を戻すと、私は、まず最初に先に志望する企業や職種を決めて、次にその仕事に就くために必要な能力を調べ、最後に、そういう能力をアピールするために必要なエピソードを探すっていう手順がいいんじゃないかと思ってるって話よ。」
「多くの就活生が、まず自分の能力の過去の経験の棚卸しをして、そこから自分の能力が何かを検討し、最後にその能力を活かせる会社を探そうとしてますよね。アリス先輩の方法と真逆な気がします。」
「そうそう。この順番が大事なのよ。私の方法でやると、ゴールが先に決まってるから、自己分析で迷走することがないわ。」
「たしかにそうですね。あくまでも特定の業界や企業に対する志望動機や自己PRを探すために自己分析をするんですもんね。」

「そうね。自己分析をする理由って、就職活動に成功するためなのよ。それ以上、自分についていろいろと考えるのは人生哲学の領域だから、わざわざ就活の時期にやることではないわ。」
「自分が何者なのかっていうようなところまでは就活のタイミングで考える必要ないですもんね。考えたい人は就活前に考えるか、就活後に考えたらいいということですよね。」
「ええ。就活生って忙しいから、余計なことをやっている暇はないはずよ。」

「はい。ということは、就活の軸っていう質問に対する回答も、企業によって違ってよいということですよね?」
「もちろんそうよ。就活の軸というのは、業界をまたいだ志望動機っていうくらいの認識で問題ないと思うわ。だから、複数の企業で共通することもあるし、違うこともあるんじゃないかしら。」
「なるほど。企業の枠を超えた志望動機が業界に対する志望動機であり、複数の業界にまたがって共通する志望動機が就活の軸なんですね。」
「ええ、そんな感じ。就活の軸は1つの業界の中でも一部の企業にしか当てはまらないものであってもいいから、厳密に言うとちょっと違うけどね。」

「なんか今日の話を聞いていると、自己分析ってあまり意味がない気がしてきました。」
「そんなことはないわよ。自分の持っているエピソードをどういう風に選考で見せていくかっていうのは、結構難しいから。ただ、人生哲学を就活時期にするのはやめたほうがいいっていうだけよ。」
「たしかにバイトの話をしようと思っても急には話せなかったりしますね。ただ事実を伝えるだけだとしても、自分の中で整理ができてないと言語化が難しいというか。」
「そうそう。自己分析をしてエピソードを探したりするのもいいけど、うまく言語化する方にも時間や労力を割いたほうがいいでしょうね。一般に弱いと言われているガクチカでも、伝え方次第で何とかなるから。」
「わかりました。今日もありがとうございました。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は就活の初期に誰もが行う自己分析について考えることができた。一般に言われている手法としては、自分の過去や現在を振り返って強みや弱みをみつけ、それにあった企業を探すという方法だ。しかし、アリス先輩が進めている手法はその真逆だった。まず先に入りたい企業を探し、その企業に必要な能力を調べ、それを裏付ける面接のネタとして自分の過去や現在を振り返るのである。
そして、そのような手順で自己分析をして見つけ出した過去のエピソードがあまり立派な物でなかったとしても、それはもう仕方のないことだ。『入りたい企業に入るために必要なアピールを持っているエピソードを駆使してする』以外の選択肢は存在しない。足りない部分はうまく言語化して無理矢理補うことで、なんとかするしかないのだ。自己分析はやろうと思えばいくらでも考えることがあるけれど、今必要なのはあくまでも就活を円滑に進めるために利用できる範囲のもののみであって、それ以上のことは暇な時に改めて勝手に趣味で行えばいいのである。この原則を忘れないようにしたいと思い、一日を終えるのだった。

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