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就活ガール#139 内定率3割は嘘だけど

これはある日のこと、学食でアリス先輩と食事をしていた時のことだ。普段はゼミ室に引きこもり、食事もここでとることが多いアリス先輩だが、今日は珍しく学食まで出てきている。理由を聞いたけれど、特にないという素っ気ない回答が返ってきただけだった。

「そういえば、就活について何ですけど。」

「どうしたの?」

雑談よりも卒業論文と就職活動の話が好きなアリス先輩に対し本題を切り出すと、すぐに話に乗ってきてくれた。

「ある調査によると、3月1日時点で約3割の就活生が内定を持っているらしいです。」

「ふーん。そうなんだ。」

「多くないですか?」

「たしかに多い気がするけど、ある調査って?」

「えっと、このグラフです。」

スマートフォンを突き出し、ネットで拾ったグラフ画像をアリス先輩に見せる。

「全然わからないわね。」

「どこがですか?」

「まずこの調査の方法ね。こういった調査を見る時は、調査方法を調べることが大前提よ。これは常識。」

「あ、はい。わかりました。えっと……。」

俺も頑張って検索したが、それよりも先にアリス先輩が答えにたどり着いていた。

就活サイトに登録している2023年卒の大学生や大学院生1,302人を対象に行ったアンケートね。アンケート期間は同年の3月1日から7日。

「はい。」

「ここから何がわかる?」

「3割は意外と多い気がします。Fラン大学の常識に慣れたらダメっていうのは常々意識している点ではありますが、それでも3割っていうのは流石に体感値とズレすぎてます。」

「体感値?」

「選考で会う人とかですね。他大学の人たちです。例えば説明会とかグループディスカッションとかって、少し学生同士雑談する機会があるじゃないですか。ああいうの聞いてると、内定持ってる人もたしかにいるんですけど、1割くらいな気がしますね。3割もいるとは到底思えません。」

「うーん。既に内定を持ってる人はその後参加する選考を減らすか、場合によっては完全に就活を終えるでしょうから、その肌感覚はあんまり参考にならない気がするわね。」

「あ、たしかにそれはそうですね。気づきませんでした。」

あり先輩の言葉に納得する。選考で一緒になる人達だけでなくSNSで繋がっている人達だって、内定を取ると徐々に発信が少なくなっていく。アカウント自体を消す人もいるし、アカウントは残っていてもだんだんとフェードアウトしていく人は、むしろ多数派といってもよいだろう。皆残りの学生生活を楽しんだり、新生活に向けた準備をするので忙しい。いつまでも就活生と関わっている人の方が珍しいのである。

そもそもFラン大学に通う俺ですら、滑り止め企業とはいえ内定はある。3割というのは実はそこまで現実と乖離した数値ではないような気もしてきた。

「私が気になったのは、調査対象者ね。これ、就活サイトに登録してる人が対象のアンケートなんでしょう?」

「あ、そういうことですか。」

「気付いたのね。」

「はい。そもそも就活サイトに登録している人は就活に興味がある人だし、3月1週目時点でアンケートに答えているということは、もっと以前から登録したと考えられます。

「そうね。しかもこのサイトはリクナビやマイナビのようなトップクラスの知名度のサイトではない、2番手以下のグループに入るところよね。つまり、就活をそれなりに熱心にやっている人でないと登録していないと考えられるわ。キャリアセンターに言われてとりあえず登録したっていう感じのサイトではないもの。」

「なるほど。それもそうですね。ということは、このアンケートはそもそも優秀な層を対象に取られたアンケートっていうことですね。」

「そう言って差し支えないでしょうね。就活においては行動量が優秀さに強く影響するから、積極的にいろいろなサイトを試したりしてる人っていうのはおそらく内定が出やすいタイプが多いのではないかと予想できるわ。」

「はい。」

「そうすると、実際の就活生全体では決して3割も内定を持ってる人はいないと考えられるでしょう?」

「はい。じゃあこのアンケートは全然参考になりませんね。」

「いいえ、参考になるわ。」

「えっ。調査対象が偏ってるなら、信用できなくないですか? まぁこういう人達とも対等に戦っていかないといけないのが就職活動ですし、モチベーションを上げるという観点では完全に無意味とは言えないかもしれないですけど。」

「そうじゃなくて、もっと実質的な意味があるわね。」

「教えてください。」

去年との比較よ。」

「去年との比較?」

「このサイトの去年のプレス理リリースを見てごらんなさい。同じ時期に、同じ方法でアンケート調査した結果が載っているでしょう?」

「あ、確かに載ってますね。そこまで見てませんでした。」

「ちゃんと見て、それと比べるのよ。レポート作成の担当者が仕事のできる人である場合、最新の結果に過去の数値も載せてくれている場合もあるけれど、そうじゃない人が作ったレポートの場合は自分で探すことが必要よ。」

「理解しました。今回の場合は一応最新レポートにも過去のデータが載ってますね。でも念のため、過去のファイルを見て調査方法とかが変わってないか調べてみます。で、毎年同じ方法で調査しているなら、少なくとも前年比という観点では意味があるっていうことですね。」

「そういうこと。で、いま私も過去のデータを見てみたけど、去年の同じ調査では約2割程度しか内定を持ってる人がいないから、今年は昨年の1.5倍程度に増えてるということが言えるわね。」

「なるほど。それが本当は2割から3割なのか、実際は1割から1.5割なのかは怪しいですが、少なくとも昨年と比べて1.5倍に増えてることは信じてもよさそうです。」

「ええ、そう考えるとやっぱり、就活の早期化は間違いないという結論になるわね。実際、他の調査でみても、昨年よりも早期選考を行っている企業は増えてたでしょう?」

「はい。別の調査で見たところ、4割の企業は2月以前に選考を始めてるって結果がありました。」

「ええ。企業が対象の場合は、アンケートの対象や回答者のモチベーションについて学生ほどブレや偏りが大きくないから、単体でもそれなりに信用していい数値だとは思うわね。実際、その調査でも昨年より増えてたから、相対的に見てもやっぱり早期化は進んでると言えるでしょう。」

「はい。」

「ちなみにこの調査だと、エントリー数についても載ってますね。平均すると約30社だそうです。これも3月1日時点での話です。」

「去年と比べると?」

「ほぼ同じですね。一昨年から見ても変わってないです。」

「エントリー数は変わってないのに、内定率は上がってるのね。ちょっと不思議ね。」

「そうですね。いくら早期化してると言っても1月とか2月くらいに前倒ししてるだけの企業もあるから、まだ結果が出てないケースも多いのかもしれません。あとは、早期選考で内定を得た人も、就活を辞めてない人が多いとも考えられますね。」

「そうね。本命企業はまだ残っていて、今もエントリーを続けている可能性はあると思うわ。他の可能性をいうと、選考に慣れてないと不合格になりやすいから、早期選考組でもたくさんエントリーする必要があったとか。」

「はい。色々考えられますね。」

「実際どれも、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね。これ以上を読み取るのは難しいわ。」

「はい。たしかに就活はどこまでいっても相対評価から逃げられないですから、他の就活生がどうかっていうのもある程度知っておく必要があるとは思います。でも、結局は自分がやるべきことを正しくやれば内定はでるはずなので、気にしすぎても仕方ないですね。」

「ええ、その通りよ。じゃあ研究室に戻るわ。」

そこまで話したところで、今日は解散となった。今日は就活生の内定率について話にきたつもりだったが、それ以上に、資料の読み方について勉強になった。内定率に限らず、就活をしているといろんなところでいろんな調査結果などを見る。グラフや資料の見方によって印象が大きく変わるので、正しく読み取る能力は今後必ず役に立つと思った。

また、逆に自分がアピールする側になった場合についても応用できると思う。就活中にプレゼンをしたりグラフを作る機会は多くなく、文章や口頭で伝えることがほとんどだ。それでも、ちょっとした見せ方の違いなどで印象が大きく変わるという意識を持つことは大事だろう。自分が伝えたいことをどういう風に効率的に見せていくかという観点で物事を考えることは重要だ。

そういえば昔、「アンケートは調査結果を決めてから行え」という話を聞いたことがある。当時は過激な発言だと思ったけれど、今思うと真理かもしれない。そんなことを考えながら、一日を終えるのだった。

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