見出し画像

就活ガール#178  就活生の裏アカ調査

これはある日のこと、学食で同級生の美春と食事をしていた時のことだ。スーツを着て家庭的な雰囲気がする食事を食べながらスマートフォンで経済ニュースを見るその姿は、もう会社員そのものである。半年前にあった謎の違和感はもはや全くない。

「ねぇ、この記事見て。」
そういって突き出された美春のスマートフォンを見ると、就活に関する一つの記事が載っていた。
「なになに、就活生の裏アカ調査か……。」

記事を見ると、就活生のSNSアカウントを特定することを代行するサービスが流行っている旨が記載されていた。最近では若い世代を中心に、誰に見られても良いようないわゆる本アカウントとは別に、外に公開できないような本音や愚痴を投稿するためのアカウントを持っている人も多い。そして、それらのアカウントには学生の良くない部分についても赤裸々に書かれていることがあるので、企業としては問題のある人を採用しないように、外部の調査会社などに依頼してアカウントを特定しているらしい。
特定方法はSNS上のデータを外部から調べるだけでなく、怪しそうだと思ったアカウントや交友関係の広そうなアカウントに対し学生のフリをしたアカウントで近づいて聞き出すなど、意外と手のかかる方法も取られているようだ。

「そもそもなんだけど、本アカは見られてて当たり前ってことなのかしら?」
「言われてみるとそうだな。裏アカ調査を専門業者がやってるっていうことは、本アカは当然見てるっていうのが前提になってるっぽく読み取れるよな。」
「そうよね。それ自体がわりと驚きなんだけど。」
「たしかに気持ち悪いよなぁ。」
「ね。まぁ自分で全世界に向けて公開してるんだから見られて文句言うなっていうのも理解できるけど、そうはいってもなんだか息苦しいわね。別に人事の人に見せるために投稿してるわけでもないし。」
「難しいよな。写真の画像検索やメールアドレスの検索とかはもちろんするとして、それ以外にも、日本人の場合は苗字や名前ってかなり幅広いだろ。加えて誕生日とか住所とか学歴とか、わりと安易に公開してしまうような簡単な情報だけで個人を特定することも、全く難しくないと思う。」
「そうね。特に苦労しなくても検索するだけで学生の情報が拾えるのであれば、高いお金をかけて採用することを決める前には確認したい気持ちはわかるわ。」

「で、特に法律や政令で禁止されてるわけでもないし、特定されたかどうかが本人にわかるわけでもない。ということは自己防衛するしかないよな。」
「ええ。そうね。まぁ本アカの方は普段から気を付けてるから問題ない気がするわ。あまり変なことは書かないようにしてる。」
「例えば?」
「個人情報については本アカだからある程度書くのは仕方ないとしても、バイト先の機密情報や法律に反するようなことは絶対に書かないようにしてるわね。他人の悪口とか講義をサボった話くらいは皆あるだろうからたまにはいいと思うけど、投稿しすぎないようには気を付けてるわ。」
「なるほど。人事だって別に完璧を求めてるわけではなくて、あくまでもやりすぎてたらNGっていうだけだよな。」
「ええ。今時SNSをやってない人の方が珍しいくらいだし、他人とのコミュニケーションにおいて愚痴とか悪口が全くない方が不自然だわ。講義をサボったりするのもそうね。あくまで程度問題じゃないかしら。」
「うん。それに、この手の調査って1件1万円くらいだから全然高くないんだけど、とはいえ何千人とか何万人っていう単位でやるとそれなりの額になるよな。ということは、やるとしてもある程度選考が進んでから行う物じゃないかと思うんだ。」
「そうね。」
「で、エントリーシートや面接で良い感じの人が、多少SNSで他人の悪口を書いてるくらいのことで不合格にはしないと思う。選考するのにも人件費とか、ウェブテストのシステム費用とか、いろいろお金がかかってるわけだし。」
「ええ。私もそう思うわ。」

「で、ここまでは本アカの話だけど、問題は裏アカの方だよな。本アカでも裏アカでも企業が見てるポイントは同じだと思うけど、やっぱり裏アカの方が汚い投稿が多い気がする。」
「それはそうね。でも、裏アカってどうやって特定するのかしら? 本アカと違って氏名検索はできないわよ。」

「まずは誕生日。なぜか誕生日は多くの人が安易に公開しがちだけど、これってかなり重要な個人情報だと思う。」
「言われてみるとそうね。これだけで人間を365分の1まで絞れるわけだもの。」
「うん。あとは誕生年とか学年とかがあるとさらに数は限られてくるよな。居住エリアとかでも絞れそうだし。」
「そうね。その辺のプロフィール情報以外だと、やっぱり投稿の内容かしら?」
「そうだな。つなぎ合わせれば特定は容易だと思う。写真の撮影場所とか、近所の工事のスケジュールとか、学校の授業が開始する日とか、色々情報はあるし。就活生でいうと選考スケジュールとか、企業からの連絡内容とか、いくらでも情報はあるから寄せ集めるとかなりの確率で特定できる気がする。」

「怖いわねぇ。あと、自分では気を付けてるつもりでも、フォローフォロワー関係が緩いとどうしようもないわよね。」
「そうそう。勝手に『〇〇ちゃんと遊びに行きました!』とか書かれてることもあるし、それ以前に、特定の大学の人ばかりフォローしてたりするとそれだけで怪しいよな。」
「別に遊びに行ったこと自体はバレてもいいんだけど、そこからアカウントが特定されると、他の投稿までバレてしまうわね。繋がってる人が何をするかまでは自分ではコントロールできないから怖いわ。」

「結局、カギをかけて非公開アカウントにしておくのが安全なんだろうか。」
「うーん。それはどうなんでしょうね。非公開アカウントにフォロー申請するのはかなりハードル高いから、繋がれる人の数が全然変わってくるわ。それに、学生のフリをして近づいてくるアカウントとかもいるから、カギをかけてるから必ずしも安全だという風には言えないんじゃないかしら。」
「そうなんだよなぁ。結局、特定されても大丈夫なように裏アカでも変なことは書きすぎないようにするしかないんだろうな。」
「感情の捌け口がないとキツいのはわかるけど、そういうのはリアルの友達にするか、毎回アカウント名が変わるような匿名掲示板とかを使うのがいいのかもしれないわね。もしくは、リアル関係の人達とはフォローしないようにするとか、徹底的にガードを固めるしかないわ。」
「おう。」

「あとは、オープンチャットとかはどうかしら? あるいは企業ごとの掲示板なんかもあるじゃない?」
「ああ、あれは企業の人も見てる。実際に説明会で担当者が言ってたから間違いない。」
「やっぱりそうよね。そりゃあ自社の選考に対して学生がどう思ってるかは気になるでしょうし。」
「単なる好奇心としても気になるし、企業側の対応に要改善ポイントがあれば改善したいという前向きな意味でも見てるだろうな。あとは業界単位のチャットだと競合他社の情報収集にもなると思うし。」
「しかもこれだって、誰でも簡単に見られるものね。特に売り手市場で企業は学生に媚びる必要があるし、優秀な学生を強豪と奪い合う争いも激化してると思うから、当然だわ。」
「オープンチャットだとそこまで個人情報を垂れ流す人多くないとはいえ、それでもいろいろ組み合わせると特定につながりそうだから気を付けないとな。」
「ええ。面接って一日に何百人もできるわけではないから、日程だけでもかなり絞れるわね。」
「うん。」

そこまで話したところで、食事を終えた。今日は、就活生のSNSの特定方法について話をすることができた。結論としては、特定されることを防ぐのは難しいから、特定されても大丈夫なように振舞うのが一番よいと思う。とはいえ、実際には愚痴等を言う仲間はネット上にも欲しいのが現実だし、正直、企業は多少の不平不満なら問題なく許してくれるはずだ。言ってみればその程度のことはよくある話なのだ。

じゃあ何が問題かというと、要するに企業にリスクを与えそうな人物だと思われるか否かということに集約される。具体的には、機密情報を漏らしたり、感情的になると何をするかわからないような人と思われたり、犯罪や極端に社会規範に反する行為を得意げに語るなどしているアカウントは厳しい評価を受けやすいだろう。逆に言うと、そこまでのことをやらかさなければ問題ないということだ。

今どき、アカウントを複数持つことは多くの人がやっている。調査されることはたしかに気持ち悪いけれど、あまり深く考えずにインターネット上でも常識的に振舞っていれば問題ないだろうと思い、一日を終えるのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?