見出し画像

就活ガール#182 就活の量と質

これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで同級生の美柑と雑談をしていた時のことだ。

「なぁ美柑、突然だけど、就活って量と質のどっちが大事だと思う?」
「両方大事に決まってるでしょう。」
「いや、そうだけどさ。エントリーシートをたくさん書いたら、その分だけ一社当たりにかけられる時間は減るだろ。そうするとやっぱり企業研究とかが甘くなって、その結果合格率が下がると思うんだ。」
「本当にそうかしら。」
「うん。それで、逆に1社あたりの準備にかける時間を増やすと、今度は応募できる数が少なくなってしまう。いくら質を上げたところで最終的には運とか調子みたいな要素も関係するから努力が必ず報われるというわけでもないよな。」
「なるほどね。それで、量と質のどっちを優先するか悩んでるってわけね。まぁ一般によく言われてる意見よね。」
「うん。美柑はどう思う?」

「さっきも言ったけど、両方大事に決まってるでしょう。」
「いや、そうじゃなくて……。」
俺が再び説明をしようとしたのを遮って、美柑が話を続けた。

「すっごくくだらない議論だと思うわ。本当に量と質がトレードオフの関係になるまで追い詰められてるわけ? 違うでしょう。質はそのままでダラダラSNSを見てる時間にエントリーシートを書いてもいいし、量はそのままでのんびりドラマを見てる時間に企業研究をしてもいいと思うけど。」
「う、反論できない……。」
「なによ、何か間違ってるなら言ってみなさいよ。」
「間違ってないです。」
「そうよね。結局、良い企業から内定取ってる人は質がよく量も多いのよ。」
「まぁそうだよなぁ。」

「これは早期から始めた人もそうよ。例えば1日12時間就活をするとするわね。」
「その時点で俺の常識とは違うんだけど……。」
「いいから、そうしなさいよ。あと12時間で睡眠、食事、ダラダラSNSや動画を見る時間があるんだから十分でしょう。」
「学校とかバイトもあるじゃん。」
「何度も言ってるけど、就活より大事な学校やバイトは存在しないわ。学校やバイトに時間を取られるなら、就活の時間ではなくてダラダラしてる時間を削るのよ。」
「ずいぶんスパルタだなぁ。」
「なに言ってるの。これくらいのこと、高学歴の人とかは当然やってるのよ。Fラン大学の常識に染まってはダメよ。」
「うん。俺も本当はわかってるよ。就活を頑張るかどうかでその後の人生が決まるわけだし、やるしかないんだよな。」

「ええ。まぁ12時間っていうのは例えだから深く考えなくていいんだけど、その例のまま進めるわね。で、実際には12時間も就活するのが無理だっていう人は、他の人よりも早い時期から始めればいいわけよ。当然よね。」
「なるほど。3か月間毎日12時間やるのと、6か月間毎日6時間やるのでは同じっていうことを言いたいんだな?」
「ええ、そういうこと。実際には人間の集中力には限界があるし、例えばインターンシップに参加したら優遇されるとかっていう風に就活界隈全体のスケジュールに合わせないといけないこともあるから、今から自由に選べるなら後者の方がいいと思うけどね。周りを見ても後から一気に追い込んだタイプの人よりも、3年生の前期くらいからコツコツと就活に取り組んできてた人の方が良い内定持ってる割合高いでしょう?」
「たしかにそうだな。それは本当に実感してる。」

「とはいえ、今さら過去には戻れないのよ。ということは、今追い込まれてる人は、就活にかけるリソースを増やすしかないわね。」
「リソース?」
「ええ。今はわかりやすく時間を例に挙げたけど、別に必ずしも時間だけをかけたらいいっていうわけではないわ。例えば時間を無駄にしないように交通手段や企業研究の手段を変えるなら、お金がかかるわよね。」
「なるほど、たしかにネットでぐぐって探すよりもお金を出して本を買ってきた方が早いっていう場合もあるよな。」
「ええ。もちろん、それで空いた時間をまた別の就活にあてるのがベストだと思うけどね。そうしないと単なる就活の効率化をしたにすぎなくて、質や量が増えたとは言えないと思うから。」
「なるほどね。他のことをやってる時間はないのか……。」

「私はそう思うわね。結局、追い詰められてる人が挽回するには今まで以上のことをしないとダメなのよ。質を今まで以上にするために量を今まで以下にしたらトータルでは何も変わってないし、その逆も同じよ。」
「たしかに。」

「まぁそれでもどちらかを選べというなら、私は量を選ぶわね。」
「そうなんだ? なんで?」
「まず、質は自己採点が難しいのよ。自分では良質なエントリーシートが書けたと思っていても、周りから見ると全然そうではないということは往々にしてあるわ。特に思い入れが強い企業だと感情が先走ってしまって、本来書くべきことが書けなかったりするの。」
「本来書くべきこと?」
「例えば志望動機って、別に熱い意気込みを書く場所じゃないでしょう。自分がその会社を選ぶ必然性を、できるだけ論理的に説明するのが志望動機なのよ。熱くとかっていうのはあくまでもオマケというか、面接での表現方法の問題で、内容はやっぱり理詰めでやる必要があるわ。」
「たしかにそうだな。想いだけなら口でなんとでもいえるから、自分がその企業に入るべき理由を論理的に説明することが求められてると思う。」
「逆に、自己PRはその企業が自分を採用する理由を論理的に述べる場所なのよ。こちらも、想いが空回りすると間違えやすいわね。」
「わかる。でも自分では力を入れて書いたから質がいいものができたって思ってしまうんだよな。」
「ええ。短時間で書いたってこれらの条件を満たしてれば受かるし、そうじゃなければ落ちるのよ。時間をかけたから質が良くなるってわけではないわ。」

「でも、時間をかけると企業研究がしっかりできるんじゃないか? 例えばOB訪問をたくさんすると、いろいろと話が聞き出せて、自分がその企業を選ぶ理由の説明にも説得力が増すだろ。」
「そうね。たしかにその傾向はある。だから、時間をかけることが悪いとは言ってないのよ。ただ、時間をかけずに論理的な志望動機や自己PRが書けるようになる練習もした方がいいとは思うわね。量を増やすためにはその能力が必要だから。」
「なるほど。」

「あと、私が質よりも量を選ぶ他の理由は、求める質のレベルはこれからどんどん下がるからってのもあるわよ。」
「どういうこと?」
「今後は大手企業よりも、その子会社とか中小企業が就活の中心になってくるわよね。」
「あ、なるほど。合格ラインが下がってくるんだな。」
「ええ。そういうこと。大手じゃ到底通らなかったレベルのエントリーシートでも、中小企業なら通ることはあるわ。面接も同じね。」
「なるほど。自分の質をあげなくても、ボーダーラインが勝手に下がってくる、と。」
「もちろんできれば少しでもいいレベルの企業を目指した方が良いのには変わりがないから、質を上げる努力もした方がいいとは思うけどね。」

「100点や80点が無理だとしても、20点と40点じゃ違うもんなぁ。」
「そうそう。その発想は非常に重要よ。ずっと不採用が続くとヤケになって就活をやめたくなるのはわかるけど、そうすると今までの努力が全て無駄になってしまう。少しでも納得できる企業を目指して最後まであきらめない方がいいわね。」
「うん。キャリアって積み重ねだから、転職を見据えると少しでもマシな企業に入っておいた方がいいよな。」
「ええ。それに、最後まで諦めず粘ったっていうこと自体が自分のためになるわ。」
「珍しいな。」
「何がよ。」
「いや、美柑って結果重視の人間だと思ってたからさ。」
「別に私自身は結果重視とは思ってないわ。でも、音彦が頑張って就活をしてるのは十分に知ってる。でもそれを知ってるのは私が友達だからであって、世間の人は知らないのよ。だから、世間に伝えるためには結果が必要でしょ。そういうつもりでいつも話してるんだけど、何かおかしいかしら。」
「お、おう。ありがとう。」
「なによ。」
「いや、別に何もない。」

これ以上ヘタなことを言うと墓穴を掘りそうだったので、話を終える。今日は就職活動に必要な質と量について話すことができた。たしかに、一見するとこの二つは二律背反で、一つを得ると一つを失うことになるようにも見える。しかし、実際は、そもそも就職活動以外のことに使っている時間や労力が多いという現実がある。特に既に追い込まれている人は、質も量も今以上にすることを目指して頑張るしかないだろう。
そして、それでもどちらか迷った場合は量を優先するのが良いというのも勉強になった。美柑が言っていたこともその通りだと思ったし、量を出していればそのうち慣れてきて自然と質が上がるということもあるだろう。そんなことを思いながら、一日を終えるのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?