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就活ガール#254 就きたい仕事、就きたくない仕事

これはある日のこと、講義中の講義室の後ろの方の座席で、同級生の美春と雑談をしていた時のことだ。

「なぁ、底辺職業ランキング知ってるか?」
「知ってる。炎上してるやつでしょ。」
「そうそう。主に業務時間が長くて給料が低い仕事が載ってるんだけど、『底辺』っていう言葉が世間的には許されなかったっぽいな。」
「まぁそりゃあそうよね。他人の職業を馬鹿にするのはどう考えてもよくないわ。」
「うん。載ってたのは介護士とか警備員とか。あと、俺のバイトであるコンビニ店員も載ってたわ。」
「どれも社会に絶対に必要な職業よね。」
「うん。みんなそう言ってる。でも、自分が率先してこれらの職業をやりたいっていう人は、正直あまりいないよな。」
「たしかに……。」
「ほとんどの人は底辺だとは思ってないし、感謝もしてる。でも、自分はやりたくない。この辺が結構闇が深いというか、違和感を感じたっていう話がしたくてさ。」
「なるほどね。言われてみると就活生たちも小売業はバイトと同じ仕事だとか、介護士は高卒でもできるとか、そういう感じの会話をすることはあるわよね。」
「ある。もちろんそれを就活支援企業が公のウェブサイトで公開するのと、俺たちが仲間内の日常会話レベルで談笑するのとは全然違うとは思うけど、結局は俺たちの意識の寄せ集めで世論が生まれて、その世論的に需要があるからビジネスとしてそういう記事を書く企業が現れるって考えると、俺たちも良くないよな。」
「どうでしょうね。たしかに他人を馬鹿にすることは決して褒められたことではないと思うけど、見ないフリをして話題にしなければ解決するっていう話でもないし。腫れものを触るみたいな感じになるのもなんか違うと思うわ。」
「それもそうか。」

「そもそも、どうしてコンビニ店員とか介護士の仕事って給料が安くてキツいんでしょうね。」
「うーん。やっぱり業務内容が比較的簡単で、あまり変わらないことじゃないか。実際、俺みたいなバイトでもわりとすぐに仕事を覚えられたし、一度覚えたらその知識でずっと働けるんだよ。もちろんレジ横商品に新ジャンルが生まれたりとか、タバコや酒に関する法律が変わったりとか、微妙な変化はあるんだけど、逆に言うとその程度の変化しかない。」
「なるほどね。たしかに同じ生活必需品に関わる仕事だとしても、例えばコンビニで売ってる食品の研究開発職はしっかりと勉強をしてきた人でないとできないでしょうし、一方でそれを販売するコンビニ店員の仕事は、その仕事に就ける候補者が多いから、キツくてもどんどん新しい労働力が供給されてきてうまく回ってるってことなんでしょうね。」
「うん。最近は日本語があまりわからない外国人の店員も増えてきてるしな。日本人店員と比べると接客態度も良くないなと思うことが多いけど、それでも店はちゃんと回ってる。」
「客の側も、コンビニに対してそこまで高い接客レベルを求めてないわよね。最低限、必要な商品を必要な時に買えたらいいっていうくらいじゃないかしら。」
「そうだな。」

「でも、他の仕事も実はわりと似たようなものじゃないかしら。本当に大卒の正社員じゃないとできない仕事ってそんなに多いの?」
「わからん。」
「営業職とかは大学の専攻に関係なく募集してるけど、ということは大学で勉強したことはあまり役に立たないってことじゃないかしら?」
「それはどうだろうな。営業職において文学の知識が活きることや経済の知識が活きることやコンピューターの知識が活きることがそれぞれあって、全部必要だから、学部に関係なく募集してるとも考えられると思う。」
「なるほどね。たしかに一口で営業職といってもいろいろな業務や取引先があるものね。」
「うん。学部不問というのは、学校の勉強が活きないという意味ではなくて、どんな勉強でも活きるという意味だと考えた方がいいと思う。そう考えた方が、自分に対して何を期待されて内定が出て、入社後どういう風に能力を発揮していけば良いのかを見つけ出すヒントになるだろ。」
「そうね。その方が面接でもアピールしやすい気はするわ。もっとも、私たちみたいな低学歴が学校の勉強をアピールしても効果は薄いというのもまた事実だと思うけど。」
「だな。」

「でも、そう考えるとますますコンビニ店員と大卒営業職の違いがよくわからなくなってきたわ。だって、コンビニ店員だっていろいろな知識があったほうがいいでしょう?」
「無いよりはあった方がいいけど、コンビニで客とじっくり話し込むことなんてほぼないし、商品に関する技術的な知識が求められることもないんだよ。」
「そっか。私は居酒屋バイトだけど、たしかに別に食品に関する深い知識が必要なわけではないわね。それよりも対人スキルが重要だと思うわ。」
「で、求められる対人スキルのレベルは決して高くない、と。」
「うん。ファーストクラスのキャビンアテンダントとかと比べるとね。」

「ということは、高いレベルの対人スキルを身に着けた人はさっさとコンビニ店員を辞めて、もっと別の職業に移ったほうが良いんじゃないか? 結局、悪い待遇で働く人がいるから、待遇が改善されないんだろ。」
「それが難しいのよね。一度フリーターになると、なかなか正社員になれない世の中だから。」
「毎年大量に新卒で正社員が雇えるのに、わざわざ高齢のフリーターを雇う理由がないもんな。20代後半で高齢扱いされるのにも違和感はあるけど、少なくとも大卒新入社員と比べると歳を取ってるし。」
「そういう厳しい基準を自分たちで決めておきながら、新卒が集まらないなんて言ってる企業が多いから笑っちゃうわね。」
「うん。新卒採用って、企業にとってみると贅沢品なんだよ。新築のマンションみたいなものだろ。」
「そうね。だから余裕のない企業が手を出していいものじゃないと思うわ。実際、悪い待遇での新卒求人なんて就活生には見向きもされてないでしょう?」
「うん。一方で、優秀なのにコンビニ店員などをして悪い待遇に甘んじてる20代後半以上の人もたくさんいると思う。」

「こういう話をすると社会っておかしいなと思うけど、それでも私たちに何かを変えられるかっていうとそうではないんだよね。あと正直に言うと、自分は大学を卒業してからコンビニ店員になりたくはないなって思ってしまうのも事実なのよ。」
「そうだなぁ。結局、俺たちだって自分の人生に精一杯だからな。」
「それで結局触れない方がいい話題みたいになって、いつまでも世の中は変わらないっていうね。」

「でも俺思うんだけど、こういう話って、講義中にサボって談笑としてする程度にとどめておかないとダメだよな。」
「変な記事を書いたらダメってこと?」
「いや、それはもちろんそうなんだけど、あまり考えすぎない方が良いっていうこと。特に俺たち就活生にとって、そんなことを考えてる場合ではないだろ。」
「たしかに。」
「まずはとにかくできるだけ楽だったり給料が多かったりステータスがよかったり自分が入りたいと思えたりする企業から内定を取る。その後に全部考えればいいはずだ。別に考えなくてもいいけど。」
「そうね。就活なんて、自分の実力よりも上の会社を目指したいっていう個々人のエゴや勝手が寄り集まってるだけのゲームだと最近思うわ。」
「そうそう。中小企業であっても自分に合った企業はあるなんてことは皆わかってて、そのうえで承認欲求や物欲を満たすことを求めて大手、有名、ホワイト企業を目指して戦ってる。割り切っていかないとな。」
「ええ。今日も色々と考えさせられる話だったわ。ありがとう。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は最近話題の底辺の職業ランキングについて話すことができた。
表現に問題はあると思うものの、世の中には待遇格差があったり、多くの人が就きたいと思う職業とそうでないと思う職業があるのも事実だ。ここから目を背けてはいけないだろう。

……というのはあくまでも正論であり、今の俺たちには関係のない話だというのが、美春と俺の中での結論だった。これ以外にも、就職活動をしていると社会についておかしいと思うことは多い。しかし、それらについて考えるのは、自分が就職活動で満足のいく結果を残してからでいいのではないか。申し訳ないけれど、それまでは諸問題についてみて見ぬふりをしよう。個々人の小さな差別意識が悪い世論を形成するのと同じように、個々人が満足のいく就職先を見つけることが全体として幸せな労働環境につながるのではないかと思った。そんなことを振り返りながら、今はひたすらエントリーシートを書いたりウェブテストを受けたりする日々に戻るのであった。

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