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就活ガール#176 一般職は減ってきている

これはある日のこと、バイト先の後輩である日野原さんと、休日に遊びに出かけた時のことだ。いつもに比べるとたわいもない雑談が多いけれど、それでも俺たち二人が揃うと、自然と話題は就職活動のことになる。特に4年生の俺は、近況といえば就職活動くらいしか何もないのだ。

「突然ですけど、一般職とかエリア職ってどう思いますか?」
「一般職? あまり深く考えたことなかったな。」
「そうですよね。業界によってはそもそもそういう枠組みが存在しないところもあると思います。というより、大手の金融や商社など、一部の業界や企業でしか存在しないと言ったほうが正確かもしれません。」
「いや、それ以前に俺、男だからな。」
「あ、そうですよね。すみません。」

国内外への転勤を含めた様々な経験を通して将来の幹部候補として扱われる総合職に対し、主に総合職をサポートする業務を行うのが一般職である。一般職は転勤がなく業務内容も比較的簡単である分、転勤や部署異動の可能性が低い。そのため、他者をサポートする事務的な業務に興味がある人や、将来的に結婚して家庭生活を重視したいと考える人が一般職に応募する傾向がある。
というと聞こえがいいが、現実としては、総合職の男性を支える女性スタッフという扱いに近い企業もあるらしい。実際、近年の社会情勢や法律的に一応建前としては男性でも一般職になれるということにはなっているものの、その採用数は圧倒的に女性に偏っているのだ。金融や商社などはその業務の性質上転勤が多いため総合職は男性が多くなりがちであり、一方で社内の男女比を調整しろという要請は政府や世間など方々からあるので、このような方法でバランスを取っているのだと思う。なお、エリア職についても、名前が違うだけで概ね似たようなものである。

「いや、いいけど。それで、日野原さんが一般職を検討してるって話は初耳だけど、前からだっけ?」
「いえ、最近意識し始めたばかりです。」
「どうして?」
「金融を目指してるんですけど、転勤が嫌なんですよね。特に田舎では生活できないです。」
「たしかに、ずっと首都圏で生まれ育った人がいきなり四国とか東北の田舎に行くのは難しそうだよな。」
「はい。自分で言うのは少し恥ずかしいんですけど、私、いかにも都会っぽい人間だと思うんです。あまり体力はないし、自然やアウトドアにひときわ興味があるわけでもないし、車の運転はできないし、いろんな飲食店とかショッピングモール等を巡るのが好きなんですけど、そういうのって田舎だと通用しないですよね。」
「俺も田舎に詳しいわけではないけど、たぶんそうだろうな。ネットでは僻地とかって揶揄されてるし。」
「メーカーの人もよく言ってますね。工場や研究所が田舎にある影響でしょうか。」
「うん、そうだと思う。まぁ田舎にも良いところはいろいろあるんだろうとは思うけど、とはいえ正直に言うと行きたくはないよな。」

「はい。ちなみに一般職を選ぶ人の中には、逆に地元から出たくないと考えてる人も結構いるそうです。」
「なるほどね。まぁそうじゃないと田舎の一般職に募集が集まらないもんな。」
「はい。そういう人たちは、地元にいる家族や恋人、友人との関係を大事にしたいんだと思います。」
「あー、なるほど。たしかに最近は大人になっても家族仲が良い人たち増えてるよな。」
「はい。私も家族のことは好きなので、その気持ちはちょっとわかります。」
「俺はどちらかというとさっさと自立したいと思う派だな。それに、別に住む場所が離れたところで仲が悪くなるっていう訳でもないし、というか結婚とかしたらどのみち親兄弟とは別々に暮らすわけだからな。まぁ恋人はちょっと違うというか、物理的な距離がそのまま破局に繋がることって珍しい話ではないから、離れたくないというのはわからなくはないけど。」
「そうなんですよね。そこで、このグラフを見ていただきたいんです。」

そう言って、日野原さんが見せてくれたスマートフォンの画面には、『結婚相手との出会った時期』というタイトルの円グラフが複数並べられていた。
「結構いろんな調査会社のデータを見たんですが、概ね結果は共通しています。結論として、学生時代までに出会った人と結婚した人は3割しかいないんですよね。残りの7割は社会人になってから初めて出会った人と結婚しています。」
「学生時代に出会ったということは、学生時代の同級生と卒業後に付き合い始めて結婚したという場合もこの3割に含まれるということ?」
「そうです。あとは学生であるうちに結婚した人も含まれます。」

「なるほど。そうすると、今の恋人と結婚する可能性ってのは3割よりもさらに下がるってことかな。」
「はい。私はそういう風に読み取りました。」
「体感だけど、低い気がするな。周りのカップルはわりと結婚を意識してる人も多いし。」
「どうなんでしょうね。晩婚化が進んでるのでそこまで以外ではない気もします。東京都の平均初婚年齢は男性で32歳、女性でも30歳を超えてますから、学生時代から付き合ってるとすると10年近いことになりますよね。」
「そう言われると、3割は多すぎるような気もしてきたなぁ。」

とはいえ、この調査には大卒以外も含まれている。また、平均初婚年齢は50代60代で初めて結婚する人たちが数値を釣り上げているという話もある。結婚できる年齢の下限は決まっているけれど、上限は決まっていないのだ。それに、結婚までの交際期間が長いカップルが増えているというのも統計上明らかになっている事実である。

「私は、これが高い数値だとは思えないです。それで、基本的には恋人って、別れるか結婚するかの2つのどちらかしか未来はないじゃないですか。」
「うん。ずっと恋人のままとか事実婚っていうのは多くはないだろうな。で、実際に結婚した人は3割くらいだ、と。」
「そうすると、残念ながら就活生が今現在付き合っている恋人とは、将来別れる可能性の方が圧倒的に高いと言えますね。」
「そういうことになるな。」
「なので、例えば彼氏が地元で働いてるから彼女が一般職で地元就職するっていうのはリスクが高いかなぁと思うんですよ。」
「たしかに。たとえその『地元』が東京だとしても、総合職と一般職では待遇が全然違うもんな。」
「はい。総合職の方が給料はかなりいいです。たしかに転勤させられるのは嫌なんですが、いずれは東京本社に戻って来られる人も多いと思いますし、今の恋人と別れる可能性を考えると、その人と遠距離になりたくないからというだけで一般職を選ぶのはリスクが高いんじゃないかなぁと思っています。なので、この話の最初に一般職も検討してると言いましたが、私は基本的には総合職を目指してます。」

「一般職と総合職で待遇ってそんなに変わるのか?」
「はい。それでも今はまだ一般職も悪くないんですが、ハッキリ言って今の一般職の給料は業務内容のわりに高い傾向があると思います。だからいろんな企業で一般職が減ってきていて、入社難易度が高くなっています。この傾向は今後も続くと思います。」
「そうなんだ。総合職を希望する女性が増えたことで、男女比を合わせるために一般職を集める必要性が低下してきたってのもあるのかな。」
「仰る通り、そういう事情もあるでしょうね。あとはIT技術の発達で事務作業などが減ったり、人件費削減のために派遣社員などで代用してる企業が増えてきてますね。」
「そう考えると一般職ってあんまりメリットなさそうだな。」

「もちろん、賛否両論はあると思います。その辺の中小企業の総合職になるくらいなら、大手企業の一般職の方がよほど給料がよくて仕事も楽です。それに、将来家庭を重視するつもりなら、仕事に専念できるのはせいぜい10年くらいだと思うので、そのスパンで見ると急激に給料が減ったりすることはないはずです。あとは、これからますます田舎は衰退していくので、転勤させられることによるリスクは高まっていると思います。他にも色々ありますが、難易度が高いのは今でも根強い人気があるってことなので、当然一般職の良さもたくさんありますね。」
「なるほどね。あとぶっちゃけ、有名企業の一般職になるとエリートにモテそうだよな。」
「フフ、そういうのもあるでしょうね。今日もいろいろ話を聞いてくださってありがとうございました。」
「いや、俺も勉強になった。ありがとう。」

そこまで話して今日は会話を終えた。社会が男女平等になっているとはいっても、特に女性は結婚や出産をふまえた人生設計を今のうちから考えている人が多いだろう。そういう中で、一般職やエリア職を選ぶという選択肢はたしかにあると思った。一方で、学生時代の恋人と結婚する可能性が低いことなどはデータ上で明らかになっている。あまりそれに期待しすぎると、後々後悔する人もいるだろう。結局、仕事を重視するにしても家庭を重視するにしても、自分の意志を大切にすることが絶対に必要だと思った。そして、日野原さんが誰との関係を念頭にこんな話をしているのかに思いを馳せながら、一日を終えるのだった。

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