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就活ガール#238 仕事上で悲しかったこと

これはある日のこと、バイト先のコンビニで店長の薫子さんに仕事について質問をしていた時のことだ。

「薫子さん、前回の続きなんですけど。」
「なんだっけ?」
「仕事が楽しいっていう話です。」
「ああ、そうそう。そうだったわね。コンビニの仕事なんて毎日同じことやってるように見えるだろうけど、この年になって毎年入れ替わる大学生と接するというのはそれだけで楽しいわ。」
「正直にいうと、俺としては別に薫子さんを楽しませようと思ってるわけではなくて、普通にバイトしてるだけなんですけどね。」
「でしょうね。でも、それくらいのことが見つけられると幸せかもしれないわよ。自分としては特に無理をしてないんだけど、周りの人に良い影響を与えてるって最高じゃない?」
「たしかに……。このバイトならいつまでも続けられる気がするんですよね。もちろん、経済的な面とかを考慮すると話は変わってくるんですけど。」
「フフ、いつまでもいられると私が困るから、さっさとよい就職先を見つけて卒業してちょうだいね。」
「はい、頑張ります。」

「それで、今日は何が聞きたいの?」
「逆に仕事で辛いこととか悲しいことって何があるのかなって思ったんです。」
「そんなこと、いくらでもあるわよ。今日だってさっきクソ客の相手をしたばかりだし。」
「ああ、あれはひどかったですね……。もう慣れてきたので辛いっていうほどではないですが、それでも気分は悪くなりました。」
「仕事なんてそんなものよ。基本的には嫌なことをするからお金がもらえるの。楽しいことなら無給でもやるでしょう?」
「たしかに。俺はこの仕事しててこうやって薫子さんと話せるのが楽しいんですけど、それは別に話してる時間にも給料が発生してるからっていうわけではないですね。むしろこれってサボりだと思うので、給料返上しなくていいのかと思うくらいです。」
「そうねぇ。返上してもらおうかしらねぇ。」
「えっ」
「冗談よ。まぁ仕事なんて辛いことの方が多いんだから、何か辛いことを教えろって言われても困っちゃうわ。たくさんある大変なことや辛いことの中でたまに嬉しいことがある。それも別にピンポイントで訪れるというよりは、いつの間にかジワジワと楽しさを実感するっていうことが多い気がするわね。」
「そうですか……。でも、そういうマイナスな面への理解も面接では求められてる気がするんですよね。あまりにもバラ色の未来ばかり語りすぎると、この学生はうちに過度な期待をしてるのではないかって思われてしまいそうです。」
「なるほどね。その辺を理解してるか問われた時に、『仕事なんて8割辛いと思います。』みたいな回答だとあまりにも雑過ぎると思われかねないわね。」
「はい。」
「じゃあそう思われないためにどうするかっていう観点で答えてみようかしら。」
「お願いします。」

「まずは、自分のやりたいことと組織の一員としてやるべきことのギャップね。例えば採用担当の仕事をイメージすると分かりやすいと思うわ。」
「すみません、よくわかりません。どういうことでしょうか…?」
「採用担当者には、一人一人の求職者と真剣に向き合いたいと思ってる人が多いわ。単純にいろんな人の人生や考え方について面接で聞くのは楽しいし、能力の差はあっても真剣に応募して面接に挑んでくれてることは伝わるから、それを見せられると嬉しい。むしろ能力が低い人の方が真剣さが伝わったりもするしね。」
「たしかにいかにもエリートっぽい人ってなんか鼻につきそうです。」
「そうそう。でも、採用担当の仕事は会社に役立ちそうな人を効率よく選ぶことなのよ。『個人的になんか鼻につく』という理由では不合格にできないわ。逆に、無能だけどいい人そうという理由で合格させるのも厳しいわね。それに、そもそもそこまで丁寧に一人一人と向き合う時間がないことも多いわ。」
「なるほど。だからAIによる選考をしたり、エントリーシートを20秒くらいで判断したりするんですね。」
「そんな感じよ。合格基準も、企業にとって役に立つ人か否かっていうのが最重要だからね。」
「就活してると人事って冷たいなと思うことが結構ありますけど、彼らも別にそうしたくてやってるわけでもないってことですね。」
「ええ。あくまでも業務だからね。」

「業務上したくないことをやるっていうのは他の職種でもありそうですね。」
「例えば?」
営業だと微妙だなと思っている自社製品を売るとか、エンジニアだと細部までこだわりたいけど納期や材料費などの関係で妥協するとかです。」
「わかってるじゃない。本当にその通りよ。だいたいどんな職種であってもどこかで妥協してる。それが会社員の辛いところよね。」
「はい。」

「他に辛いことや悲しいことでいうと、自分ではどうしようもない理不尽に見舞われることかしら。」
「さっきのクソ客みたいな感じですか?」
「そうね。あれのもっとスケールの大きいバージョンだと考えるといいわ。例えば、感染症が拡大してビジネスそのものができなくなったとか、急速な円安や円高の影響を受けたとかよ。そこまで大きな話でないとしても、急に同僚がやめて忙しくなったとか、上司が変わって方針が180度転換したとか、部署自体が潰れて強制異動になったとか、そういうのもあるわ。」
「たしかにどれも自分の責任ではないですね。」
「ええ。そういう理不尽な目に遭うとやっぱり悲しくなるわ。」

「なんか今日の話を聞いていて思ったんですけど、こういうのって面接でのアピールに使えませんか?」
「どういうこと?」
「やりたいこととやるべきことのギャップって、学生生活でもあると思うんです。例えば、コンビニバイトで本社の命令で売りたくないレジ横商品を売らされたとか、サークルで誰もやりたがらない会計処理を必要だと思って引き受けたとかです。」
「そうね。たしかにその通りだわ。」
「他にも、自分ではどうしようもない理不尽っていう観点でいうと、感染症は学生生活にも影響を与えています。そういう中で自分なりにどう前向きに頑張ったかっていうのが重要な気がするんですよね。」

「ええ。本当にその通り。そして、それらを業務への理解とつなげて語れると、働いてる姿をしっかりイメージできてるという印象を与えられるんじゃないかしら?」
「単に、『感染症の中でもできることをしようと思って頑張った』みたいな話で終わらせずに、『入社後も理不尽なことがあるだろうけど頑張る』という話までつなげるってことですね。」
「そうね。わざわざ言う必要があるかは場合によると思うけど、少なくとも面接官にそういうイメージを持たせることは必要だわ。ガクチカはあくまでも過去の話であって、それを入社後にどう活かすかっていうところまでセットで初めてアピールとして成立するものだからね。」

「はい。他にも、逆質問で面接官に楽しかったこととか悲しかったことを聞く人が結構いますけど、あれも単なる一問一答になると『なんでそんなこと聞くの?』と思われがちですよね。だから面接官が回答してくれた後に、『ありがとうございます。話のスケールは全然違いますが、私も〇〇の経験をしたことを思い出しました。』みたいな感じで自分の経験やストレス耐性の強さなどをアピールできそうです。」
「ええ。学生の経験と社会人の経験を同列で語りすぎないよう、それなりに謙遜するのも重要なポイントね。」
「はい。そこが難しいところなんですよね。」
「そうよね。あまりにも関係ない話だと何のアピールにもならないし、学生時代にやったから大丈夫ですと言いすぎると、今度は社会人を舐めるなという印象を与えかねないわ。」
「そうですよねぇ。」
「私のおすすめは、『社会人生活は学生よりも大変なことが多いと思いますが、〇〇という経験で得た前向きさを忘れずになんとか乗り切っていきたいです』みたいな言い回しかしらね。経験の内容で比較するよりも、前向きさなどの抽象的な部分で勝負するって感じ。」
「あ、それいいですね。使わせてもらいます。今日もありがとうございました。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は、薫子さんの会社員時代の話を通して、仕事上で辛かったことや悲しかったことについて学ぶことができた。この手の質問は説明会や面接の最後に学生から企業の人にされがちであるが、あまり深く考えずに好奇心で聞いている人も珍しくない。しかし、単なる好奇心であればOB訪問など比較的自由な場で聞けばいいのであって、わざわざオフィシャルな場で聞くということは、アピールに繋がるような内容であった方がよいだろう。そういう意味では、「学生時代に悲しかったこと」と、「将来起きるであろう悲しいこと」をリンクさせ、その乗り切り方をアピールするという手法は有効だと感じた。
今後もまた、機械があれば薫子さんに会社員時代の話などを聞いてみたいと思いながら、一日を終えるのだった。

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