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就活ガール#185 母集団形成のための施策

これはある休日のこと、都内某所のレストランでアリス先輩と食事をしていた時のことだ。注文を終えて待機状態に入ったタイミングで、アリス先輩がゆっくりと口を開いた。

「この前、人事の人と話す機会があったのよ。」
「採用担当ですか?」
「そうよ。私を面接してくれた人。その後も何かと気をかけてもらってお世話になってたわ。」
「それで、その人がどうかしたんですか?」
「採用の裏話を聞いて、色々大変なんだって思ったのよね。」
「気になります。」
「そう? 就職活動とは直接関係ないことも多いけど。」
「はい。人事の業務内容とか考え方がわかると意外なところで役立つかもしれませんから。」
「たしかにその通りね。じゃあ少し話そうかしら。」
「お願いします。」

「まずは母集団形成ね。」
「応募者を集めるってことですか?」
「そう。私たち求職者の側からすると、応募してからのこと以外は基本的に関係ないから、このあたりについては結構見逃しがちだと思うわ。」
「たしかにそうですね。でも人事側からすると、そもそも良い候補者がいなければ良い人を採用できるわけがないから、実は選考以上に重要なのかもしれません。」
「ええ。特に知名度の低いBtoB企業や中小企業では重要よ。逆に、有名な大企業の場合はあまり必死でアピールしなくても人が集まってくるから、選考で良い人を見極める方が重要になるわ。よって、どちらに力を入れているかは会社によって違うわね。ただ、私の予想では母集団形成に苦労してる企業の方が多いんじゃないかしら。」
「はい。よほどの人気企業でなければ応募者は集まりにくいと思います。」

「そうよね。ここからはあくまでも一般論なんだけど。」
アリス先輩がそういって一旦口を閉ざす。勤務先であるXコンサルティング社は数少ない『わざわざ努力しなくても求職者が集まってくる企業』の一つだという意味だろう。

「母集団形成の取り組みとしては、自社ホームページの作成、求人サイトへの掲載、合同説明会や学内説明会への参加、スカウト、リファラル採用あたりがあるらしいわ。」
「結構色々やってるんですね。一つずつ教えてもらえますか?」

「ええ、いいわよ。まずは自社ホームページと求人サイトの作成ね。デザインをかっこよく、かつ、わかりやすくするのはもちろんなんだけど、先輩社員のインタビューなんかも気を遣うポイントだわ。」
「美人がいいとかですか?」
「ウフフ、それもそうね。ただ、それだけではないわ。もっと現実的な話として、様々な職種やポジション、多様な個性を持った人をバランスよく紹介する必要がある。内容だって、機密情報を漏らさない形で業務の魅力を伝えるものにしないといけないから結構気を遣うのよ。」
「なるほど。」
「あとは、閲覧者は多いけどエントリーに至る人が少ないのがホームページの特徴と言えるわ。休日数とか給料とか、採用担当の力ではどうしても変えられない部分で判断されてしまうことも多い。だからページを魅力的にするという作戦には限界があって、とにかく目立って閲覧者を増やす作戦をしてる企業が多いわね。」
「たしかに、多くの企業を一瞬で見比べられますもんね。応募率を上げるよりも、まずは閲覧者数を増やす方が良さそうです。」

「じゃあ次に行こうかしら。合同説明会と学内の説明会ね。」
「これらってどういう仕組みなんですか? 企業が参加したいですっていえば参加できるものなんでしょうか。」
「参加費用を払えばね。」
「やっぱり有料なんですね。」
「基本的になんでもそうなんだけど、求職者が無料っていうことは、企業は有料っていうことよ。そうじゃないとビジネスとして成り立たないでしょう?」
「はい。」
「とはいえ、大手企業や人気企業は大幅に割引されたり、全額免除されることもあるわね。」
「客寄せパンダ的な感じでしょうか。こういうところでも格差があるんですね。ちょっと切ないです。」
「ええ。でも大手企業の枠は限られてることもあるからいつでも簡単に安く参加できるわけではないけどね。」
「パンダは少数でいいってことですよね。主催者側としては割り切きばっかりできないでしょうし。」
「ええ、そういうことよ。」

「学内の説明会も有料なんですか?」
「いいえ。大学でやる説明会は無料のことがほとんどだわ。むしろ全国各地の様々な大学のキャリアセンターの人が、『うちの大学まで来てくれませんか』って勧誘をしてくるから、Fラン大学や田舎の大学からの招待はひたすら断ったり無視をすることも多いわね。」
「キャリアセンターとしては就職率が上がって嬉しい、企業としてはタダで応募者を増やせて嬉しいって感じなんでしょうね。」
「そうね。逆に名門大学の場合は、企業側から説明会をさせてくれって声掛けをすることもあるけどね。」
「そういうのって学歴フィルターとはちょっと違いますけど、大学から一歩も出なくても企業の側から出向いてくれるのは大きなメリットですよね。」
「ええ。こういうところでも学歴格差は付いて回る。当然よね。」
「はい。」

「内容に関する工夫でいうと、合同説明会や学内説明会の場合は、ウェブページほど多くの企業を見て回れるわけではないから、ある程度濃いコミュニケーションができるという特徴があるわね。まぁこれは個別説明会も同じだけど。」
「そうですね。あとは双方向のコミュニケーションができるのも特徴だと思います。」
「ええ、いい着眼点ね。だから、合同説明会や学内説明会は、良い学生を見つけてアプローチすることが企業側の目的になってることが多いわ。」
「多数の人に注目してもらうというよりも、水面下で0次選考をしてるって感じなんですね。」
「そうそう。なんとなく立ち寄っただけの優秀そうな人などに声をかけたり、会話をする中で学生を見極めたりするわ。」
「ちょっとした質疑応答くらいならわからない気がしますが、ガッツリ担当者と会話してる学生も結構いますよね。ああいう人たちは企業の情報をたくさん聞き出せる分、企業に与える自分の情報も多いので、見定められてるってことなんですかね。」
「ええ。まぁお互いのためになってるしいいんじゃないかしら。」

「なんか、合同説明会って幅広く応募者を集めるのかと思ってたんですけど、そうでもないんですね。企業から見ても学生がどんどん入れ替わる場所だっていう認識ができていませんでした。」
「もちろんそういう目的もあるけどね。でも実際は良い学生を一本釣りしたいって企業が多いと思うわ。特に、既に知名度が十分にある企業はその傾向が強いでしょうね。」
「そう考えると、合同説明会とスカウトってわりと近い気がしてきました。」
「確かにそうかもしれないわね。スカウトの場合はオンラインで簡単に多くの学生を相手できるから、ティッシュ配り感覚でばらまいてるっていう意味では求人サイトの逆バージョンともいえるけど。」
「あ、そうですね。なんだかちょっと面白いです。」

「あとは最後にリファラル採用ね。これは最近増えてきてるわ。」
「リファラルってなんですか?」
「分かりやすく言うとコネよ。」
「ああ……。」
「そんなにがっかりした顔をしなくても大丈夫。コネっていうのは別に役員の子供だから入社できるとかっていう話ではないから。あ、そういうのももちろんあるけどね。」
「やっぱりあるんですね。」

「まぁそれは気にしても仕方ないでしょう。ここでいうリファラルとかコネっていうのは、先輩社員からの紹介のことよ。」
「なるほど。最近は就活コミュニティとかもありますもんね。」
「そんな感じ。まぁFラン大生がリファラル採用を目指すなら、最低でもコミュニティに入るなどして目指してる企業に知り合いがいる状態を作らないときついでしょうね。」
「たしかに、大手企業にOBいないことも多いですもんね。」
「ええ。それで、社員からの紹介があった学生は、エントリーシートの採点がちょっと甘くなったりするわ。」
「甘くなるだけで合格確定ではないんですね。しかもエントリーシートだけですか。」
「そうね。リファラルだからって全く油断はできないの。ただ、企業としては先輩社員を通して企業の魅力を伝えられるし、多少とはいえ優遇があることをちらつかせると学生の応募意欲を掻き立てられるってわけ。」
「なるほど、よくできた仕組みですね。」

そこまで話を聞いたところで、おいしそうなステーキが運ばれてきた。結局、母集団形成にまつわる話しか聞けなかったけれど、興味がある話しが多数あった。企業側としても、学生側にエントリーを促すために、様々な施策を行っている。その中でも、合同説明会で学生を一本釣りしようとしているというのは特に印象に残った。また、出展が無料ということもわかり、大手有名企業が今さら合同説明会に出てくる理由が少し納得できた気がする。そんなことを思いながら、一日を終えるのだった。

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