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就活ガール#304  聞いてはいけない質問を聞かれたら

これはある日のこと、同級生の美春と就活について雑談をしていた時のことだ。話が落ち着いたところで、美春が新たな話題を持ち出してきた。

「ねぇ。就活してるとさ、たまに親のことを聞かれない?」
「聞かれる。多いのは親の職業かな。あとは居住地も聞かれるけど、まぁこれはほとんど影響がないと思う。一人暮らしの場合にしか住宅手当がでないっていう会社もあるから、事務手続きの一環として聞いてるだけっていう印象かな。」
「あとは、親が子供、つまり私のことね。私の就職先にどの程度関心を持っているかみたいなことも聞かれる気がするわ。要するに、親が弊社に入るのを辞めろと言っていませんかということだと思うんだけど。」
「そんなことも聞かれるのか……。」
「ええ。最近は親が子供の就職先に口を出すことが増えてるらしいから。」
「夫が転職しようとすると妻に止められることを指す『嫁ブロック』っていう言葉が転職ではあるらしいけど、それに近いのかな。」
「そうね。そんな感じだと思うわ。特に女性で転勤の多い総合職になろうとしたりとか、一般にイメージが良くない業界・企業に入ろうとするときに聞かれやすいんじゃないかしら。」

「なるほどな。でも、嫁ブロックもそうだけど、基本的に家族の情報って聞いたらダメなんだよな?」
「ダメだと思うわね。賛成してるかっていうくらいならいいのかもしれないけど、親族の職業を聞くのはアウトに近いんじゃないかしら。まぁアウトっていうのも、あくまでも厚生労働省の指針に反しているというだけで、法律違反とまではいえないんだけど。」
「そっか。で、実際問題としては聞いてくる会社があるだろ。『そんな会社には入社しない』とタンカを切ることができれば楽なんだろうけど、現実はそうもいかないと思う。内定が出るまではどうしても求職者側の立場が弱いからな。」
「相手が生殺与奪を決められるわけだから、そりゃあそうよねぇ。建前としては回答を拒否することができるとしても、実際は不可能だと思うわ。」
「だよな。で、意外と大手企業などの志望度の高い企業でもこの手のNG質問をしてくることってある気がする。」
「大手企業ほど、殿様商売で採用活動ができるんでしょうね。会社に利益を生み出す前に権利主張ばかりするような面倒くさい人を採用しなくても、もっと奴隷のように会社に忠実に働いてくれる人だけを選り好みする余裕があるんでしょう?」
「そうだな。たしかに俺たちとしても、給与が高かったり休みが多かったりする企業なら、面接で親の職業くらいは答えてしまう気がする。」
「足元を見られてるのよねぇ。」

「まぁでもセキュリティやガバナンスに対する意識が強い大企業ほど聞いてるのかもしれないな。聞いたらダメっていうコンプライアンスとどちらを取るかっていう問題で悩みながら判断しているんだとは思う。」
「たしかに、こう言うと問題かもしれないけど、極端に偏った思想の持ち主や複雑な家庭事情を抱えている人は入社させたくないわよね。」
「本音としてはそうだろうな。面倒ごとを会社に持ち込んで欲しくないと思う。でもだからって親の職業を聞くのはやりすぎだと思うけど……。」
「情報流出を気にしてるってのもあるでしょうね。同業他社とかだと危険じゃない?」
「なるほど。たしかに親子なら機密情報とか漏らしてしまいそうだもんな。」
「そう考えると、この手の質問に対してどういう風に答えればいいのかがおのずから見えてくる気がするわね。」
「と、いうと?」

「まず再確認だけど、前提として、回答を拒否するのはNGだと思うわ。たしかに回答を拒否するのは正当な権利なんだけど、企業側も誰をどんな理由で雇用するか、あるいは雇用しないかを決める権利があるの。支持政党や信仰している宗教を理由に採用を拒むのだって違法じゃないわ。」
「そうだっけ。」
「ええ。雇用した後にそれらを理由に差別をするのは禁止だけれど、採用前に誰を選ぶのかは自由なのよ。あとは、強制的に聞き出すのも憲法違反だという判例があるわね。」
「つまり、任意で聞き取り調査をして、その回答を合否判断に使うのは法律上許されているということか。」
「付け加えると、回答を拒否したことを理由に不合格にするのも合法よ。」
「それって実質強制っていう意味なんじゃないか……。」
「まぁその辺は裁判やって争う価値はあると思うけど、そこまでするかっていう話よね。就活生には卒業っていうタイムリミットがあるわけだし。」
「訴訟は非現実的だし諦めたくはない。そうすると結局、聞かれたことを全部真面目に答えないといけないな。」

「いえ、そうじゃなくて。私は全部事実を詳細に答える必要はないと思うわね。」
「嘘をついても良いってこと?」
「ええ。基本的にはそこまで調べないから。」
「でもなんだか気が引けるなぁ。ガクチカとかと違って経歴詐称に近いジャンルの嘘だろ?」
「自分の経歴じゃないし、そもそも聞いてるほうが悪いんだから相手だって大きな騒ぎにはできないわよ。」
「まぁそれはそうか。」

あとは、もうちょっと幅広く答えるのもアリじゃないかしら。例えば『会社員』とか『公務員』とか。」
「詳細に聞かれたらどうする?」
「そこまで聞かれたら答えるしかないかもしれないわね。金融関係とかエンジニアとかわりと抽象度の高い方法で答えることもできるとは思うけど。」
「うーん。」
「結局、企業側が聞きたいのは競合で勤めてないかと、社会的に問題のあることをしていないかの確認なのよ。だから、別に親が大手企業かどうかとか具体的に日々どんな職務にあたっているかまでの報告は求められていないんじゃないかしら。もちろん、受けている企業と同じ業界だと多少詳しく聞かれる可能性もあるかもしれないけど。」
「親が他業界の場合はそこまで企業も気にしないってことか。」

「ええ。あとは、シンプルに『知りません』って言うのもありかもしれないわね。」
「親の職業を知らないって、そんな人いる?」
「意外といるわよ。私も正直よくわかってないし。化粧品メーカーらしいとは聞いた気がするけど、社名も覚えてないわ。」
「そうなのか……。」
「単身赴任の家庭とか、今でも在宅勤務が少ない家庭だと、なおさら多いんじゃないかしら。」
「仲が悪いとか疑われないかなぁ。」
「ないない。別に親の職業を知らないくらい普通のことだから。」
「そうか。」

「それに、親子仲が良すぎるのは親が就職先に口出ししてきそうって思われて逆効果なんじゃないかしら。」
「そうなんだ? 一方で、特におじさん面接官に対しては、面接で親への感謝を述べるといいみたいな話も聞くけど。」
「うーん、どうなんでしょうね。私はむしろ逆だと思うわ。もちろん親子仲が悪すぎるのも問題だとは思うんだけど、最近は仲が良すぎる親子が増えてるから、企業側が警戒してるのはそっちの方でしょうね。」
「ああ、たしかに過保護とか過干渉みたいなのってもはや社会問題になってるよな。親が会社までやってきて騒ぎ出したりとか。」
「ええ。まぁいずれにしても、普通の常識を持った家族関係の人を雇いたいと思うのが担当者の気持ちよね。」
「家族関係と仕事がどこまで関係するのかはわからないけど、無駄なリスクは背負いたくないだろうなぁ。」
「ええ。」
「そう考えると、あまり深く考えずに真実を答えるか、それで問題がありそうな場合は適当な嘘を言っておけばいいだけか。」
「そうね。親のプロフィール情報で落ちることなんてほとんどないし、聞かれることに対して若干の気持ち悪さはあるけど、いちいち気にしてたらやってられないっていうのが正直なところだと思うわ。何度も言うけど、採用するかの選択権は企業側にあるんだし。」
「うん。いろいろ助かった。今日もありがとう。」

そこまで話して会話を終えた。今日は、親の職業など、一般に聞かない方が良いとされている質問について聞かれた場合について考えることができた。結論として、聞かれたら嫌でも我慢して答えるのが良いと思う。下手に正論を押し通してもなにも良いことはないだろう。どうしても正義を守りたいのであればもっと良い会社から内定を得て、嫌な質問をしてくる企業については自ら選考辞退するくらいの余裕が必要なのである。

また、どうしても質問に対して真実を答えたくなければ、適当に嘘をつくなどしてごまかしておけば十分そうだ。企業側も聞いてはいけないことを聞いているという後ろめたさがあるし、そもそも別に合否判定における重要なパラメータではないのだから、嘘や誤魔化しがのちのち大きな問題に発展する可能性はほぼゼロだろう。そんなことを思いながら、一日を終えるのだった。

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