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Knight and Mist八章-2深峰戒という男②

「はあ、ややこしい性格ね」

ハルカはこめかみあたりを押さえながら、魔族の権能を持つという日本人の男ーーオーセンティック(自称)を見つめた。

この男が何を考えているのかさっぱり分からない。

お前は何者か、と問いながらハルカの名前を知っているし、それどころかセシルとも知り合いらしい。

それどころか、ハルカとセシルには何かしらの絆があるというのだ。

それを利用してどうやら絶望を楽しみにしている、らしい。

「絶望とは戦うものじゃないの? どれだけ弄ばれようと、生き抜くしかないのが人間じゃない」

いずれにせよ、他人の絶望を見て喜ぶなんて趣味の悪いことだ。

すると彼は大仰な仕草で肩をすくめた。

「私の絶望を理解できる者などいるまい」

ハルカははーん、とオーセンティックを頭からつま先までよく眺め直した。

「理解されない、ね。たしかに絶望を理解するのは難しい。でも、そのために私たちは社会と文化を持ってるんじゃない。あなたがさっき言ったのよ。ぶ・ん・か」

オーセンティックは苦笑いした。

「いかなる人間も私を理解し得ない。いかなる哲学者も我が苦悩を解き明かせない。よもや宗教や精神世界など持ち出すつもりではなかろうな」

「ラノベだってアニメだって、どんなエンタメ作品だって、ときには人の痛みを代弁してくれ、励ましてくれる。歌でもいい。それが文化でしょ」

「ふむ。それでキミは小説を書くのか」

今度はオーセンティックがハルカを品定めするように眺めていた。

二人の間に静かな火花が散る。

「……何があったのか知らないし、理解できるとも言わない。理解されないという苦しみはなんとなく分かるけど、同時にそれはナルシストであるとも知ってる。絶望と無理解が苦しいのなら、なおのことそれを与えて楽しむのは間違ってる。苦しいのなら、それを乗り越えた経験は誰かの助けにもなれるのだし」

「ーークックックッ。それをお前が言うか。この世界にさまざまな絶望を与えたお前が」

痛いところをつかれ、一瞬絶句するハルカ。

「な、何言ってるのよ」

「よもや違うとは言わせんぞ、浅霧遥香」

「………………」

反論できないハルカを見て愉しげに笑うオーセンティック。

「キミが世界に責任を感じているのは知っている。世界に、だ。この世界は自律して動いている。お前の与えた過酷な運命は、単なる偶然の一致に過ぎぬのかもしれない。私ではない。お前こそが、絶望を与えて楽しんだのだろう?」

「…………楽しんではいない」

グッと拳を握る。

たしかに罪悪感がないわけではなかった。

たとえばセシル。彼に与えた"設定"は彼に辛い運命を課した。それを自分が"話を面白くするために"生み出したとしたら、やはり心が痛む。

そのことを本人に言ったことがある。セシルには怒られたーーだが、やはり責任は感じるのだ。

オーセンティックは嗤いだした。

「クハハハハ。世界の絶望への責任を感じることこそなんというおごりか。キミはただのひとりの人間で、ここから出る魔力すらない。そのキミから、私がナルシシストであるなどと呼ばれる覚えはない」

「………………」

たしかに彼の言うとおりである。

自分が生み出した"設定"に罪悪感があったのもたしか。

だがそれは、懸命に生きてきた人の自由意志や努力を、結果的に否定してしまうことであり、よくないことだ。

そのうえ、自分の力なんて本当に小さい。

単なる偶然ということだっておおいにありえる。

何を知っていようと、自分は無力なのだーー

「わかっただろう、ややこしい性格はお互い様だ」

ハルカは無言でオーセンティックを見上げた。

考えこんでハルカが何も言わないのを、どうやら不満と受け取ったらしい。急にオーセンティックが言い出した。

「そういえば茶のひとつも出さずに申し訳なかったな。どうだ、一度我が屋敷へと招待したいところだが」

「同郷のよしみでついてってあげたいけど、あいにく仲間を助けなきゃならないの」

それからハルカはふと思いついた。

「オーセンティック。あなたはセシルを魔霧ミストから王城の門まで送り届けたって言ったよね」

「魔族には空間を渡る権能があるからな」

「それで私をセシルのもとへ送り届けてくれない? セシルと合流すればあとはどうにかなると思うの。話はそのあとで、ってことで」

「たしかにヘマをして異端審問院に捕えられているというならば、時間はあまりなかろう。私としても観測するものが途絶えてしまっては意味がない。手を貸してやらないこともない」

ハルカは少しホッとして胸を撫で下ろした。

(よし、なんとかなりそうだ……)

「そのためにはユーウェインと手を組むのがいい。そろそろ現れる頃合いだろう。うまくやるといい」

一方的に告げると、ニヤケ顔ですうっと姿が薄くなる。

「ちょ、待ってよ! 魔族なんかと手を組むって、手なんか貸してくれるの!?」

「そんなわけなかろう。魔族を使いっ走りにするなどよほどの阿呆でもないかぎり思いつきもしないことだ。キミも殺されないよう、せいぜい気をつけたまえ」

「あっ、ちょっと! 待った! 待って!」

トンネルにハルカの声がただ響く。

「消えちゃった……」

物騒なことを言うだけ言って消えるなんて、せっかくの同じ日本人なのに不親切極まりない。

(お茶を断ったのがいけなかったのかな……)

考えても仕方ないので、オーセンティックのことはあとにして、ひとまず脱出しようと考えたーーそんなときだった。


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