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Knight and Mist第四章-4聖堂にて②これこれまるまる

「……僕の番ですかね」

タイミングをみはからい、セシルが言った。

「僕はセシル。しがないスループレイナの使いっ走りです」

ずいぶん簡潔な自己紹介だ。もっとも、『ただの怪しいお兄さんです☆』とか言わないだけまだマシという説もある。

「そしてハルカのストーカー」

ボソッとシルディアが言った。

「はい、ストーカーです」

平然と答えるセシル。

「セシルさんね、本当にずーっとハルカのそばにいたのよ」

レティシアがモンドの腰掛けている椅子の陰から言った。

「ハルカは槍によって胸に致命傷を受けていて、私やシルディアちゃんも治療にあたったの。呪いのような類の傷で腐食が早いか回復が早いか、そんな一刻を争うなか、セシルさんが見てくれたんですよ。自身も負傷していたにもかがわらず」

レティシアがフワッと微笑んだ。

ありがとう、とハルカが言おうとしたところをセシルが肩をさすった。何も言うな、ということらしい。

「ーーで、俺様だな? さっきからジロジロ見やがって。俺がそんな珍しいか? エルフのほうが百万倍珍しいぞ」

イーディスの低くよく通る声が聖堂に響いた。

直後、

「ちょっと待て、次は順番的にボクじゃない!?」

すごく情けない声が聖堂に響く。

「うるせーぞボンクラ。俺様はデシール王国の上級騎士《紅の炎》イーディス様だ。ま、ここのあたりの連中はみんな知っている名だろうよ。いい意味じゃないだろうがな」

そう言って肩をすくめた。

セシルが小声で、

「スループレイナでも要注意人物として認識されています」

とハルカに言った。

「どう要注意なの?」

「危険人物です。スループレイナには敵対的ですから……刃を交えた将軍から、その苛烈さと強さを聞いています」

「あんまり近寄らないほうがいい?」

コソコソ話していると、

「聞こえてんだよ!」

イーディスの怒鳴り声がとんできた。

ハルカはすくみあがりつつ、気になっていたことを聞いてみることにした。

「いったいぜんたい、どうしてイーディスがここにいるの?」

イーディスは苛ついたように踵を鳴らした。

「彼女はうちの砦の前に倒れていたんです」

レティシアが説明する。

「彼女も瀕死の重傷を負っていました。セシルさんの魔導で今はこんな元気に。兵が拾いに行ったときも大変だったんですから。近づくモノは皆殺し、の勢いだったんですから」

「それでレティシアが鉄拳制裁したというわけ」

リルが微笑んで言った。

それでイーディスがレティシアにドン引きしていたのか。鎖を巻いたグーパンで倒れた焔の騎士……グーパンしたのは聖女様……なんだかまた頭が痛くなってきた。

「俺様はここからそう遠くない駐屯地にいたんだ。そこに帝国兵が突然大挙してきてよ、そこまではいいんだがーー完全に不意をつかれた。あの男は絶対に殺す。《死神》のヤローめ……」

「その駐屯地にエルフの森に詳しい者がいたそうよ」

リルが言う。

「つまり、そいつを狙ってイーディスの駐屯地が襲われイーディスは負傷、エルフの森に詳しい者は連れ去られ、そして《死神》たち帝国兵がエルフの森を襲撃した、と」

リルの言葉にイーディスはうつむいた。

「まあ、言っちまえば俺が不甲斐ないからエルフたちに迷惑をかけた。ーーーーすまなかった」

聖堂に沈黙がおりる。

ーーイーディスってなんていうか……

(カッコいいな……)

責任を感じうなだれるイーディスを見て、ハルカは自分がつい数日前に殺されそうになったのも忘れ、そう思った。

セシルは変人だし、モンドはアレだし。こういうところで漢気みせるイーディスさんカッコ良すぎかよ。

ハルカがそんなことを思っていると、セシルはなぜかムッとした表情で空を睨んでいた。

「謝るな、定命の者よ」

言ったのはエルフの姫、シルディアだ。

「お主が生きていただけでもめっけものだ。その後の掃討作戦ではお主が陣頭指揮をとったのであろう。おかげで火の手を止めることができた。我々エルフは感謝しておるよ、炎の申し子」

シルディアが静かに言う。

「それでだがーー」

イーディスが真面目な口調で言う。

「俺たちデシール王国は、ここの領主(ロード)と手を組むことにした。帝国を押し返すまでの共同戦線だ」

「数日ののちにお父様とまじえて作戦会議を開こうと思います」

レティシアが言う。

「スループレイナの使者もまじえて会談だな。それにはハルカとセシルとモンド卿にも出席願おうと思う。いいかな?」

スコッティが問う。

ミイラ男はひとつ咳払いし、

「申し遅れたな。ボクこそ大陸の東半分の大地を擁する大国、スループレイナ王国の御三家が長男、モンド=デ=ラ=モンローだ。王立魔導院の学長で、研究のためにヒッポグリフを探しに、偶然手にしたエルフの地図をもとにエルフの森へ訪れたのだ」

なんか微妙に違う気がする説明をするミイラ男、もといモンロー。

「ヒッポグリフを探しに行ったのは研究目的でなく競走馬の代わりにするつもりだったからで、エルフの地図は盗んだものでしょうが。まったく。幻獣をギャンブルにってどういう頭してんですか?」

案の定セシルにつっこまれる。

「それは我もまったくの同感である」

セシルの抗議にうんうん、と同調するシルディア。モンドは「えー、そうだっけー?」などと嘯いている。

「もちろんスループレイナはいつだってエルフの味方だ。それに帝国はスループレイナにとって脅威だから、間違いなくデシール王国には手を貸すよ」

モンドが言い切ると、

「チッ」

イーディスが舌打ちした。

「なんだよ、文句あるのか?」

「大アリ! 文句しかねえよ! 大国サマの力を借りてみろ、よしんば帝国を追い出せてもスループレイナの影響下に入っちまう。デシール王国はテメェの力だけで帝国を追い出す。スループレイナの力なんか借りないからな」

「えー、心せまーい」

モンドが言うと、イーディスが呆れたように肩を落とした。

「……心が広い狭いの問題じゃねえだろ。ポンコツか!」

「ともかく」

リルがあいだに割って入った。

「幸い《死神》にこの砦のことはバレてない。それだけが幸運ね」

それからぐるっと一同を見回して、

「これであらかた自己紹介は終わったわね。事情も皆把握できたかしら」

ハルカはセシルを見上げた。セシルはハルカの髪を撫でつけ、「大丈夫だから」と小声で言った。

ハルカは無言でうなずく。

つまりはこういうことだろう。

ハルカは聞いた情報を頭のなかで整理する。

大陸の東にスループレイナ王国、その西にデシール王国、そのあいだにリルさんの領土。

デシール王国が帝国とやらと戦争中。戦線がリルさんたちの領土にまでおよび、リルさん姉妹は領民を匿い砦に。

たしかリルさんたちの親ーーこの地の領主はスループレイナの使者と対談しているとか言っていた気がする。セシルも交渉の一環でこの砦に来ていた。その実、圧力をかけるためだがーー

デシールとこの領地がスループレイナへの通り道ならば、スループレイナはデシールやリルさんたちに戦争の援助を申し出ている、といったところだろう。

「言っとくが《死神》は帝国ナンバーワンじゃねえからな」

イーディスが言った。

「あいつもたいがい化け物だが、帝国にはまだまだ化け物がいる。急速に領土を広げてるのもそいつらの仕業だ。なんつったっけかな。六大将とか、そんな名前で呼ばれてんじゃなかったっけかな」

「あんなのがまだほかに五人もいるの?」

ハルカは自分が刺されたことを思い出して青ざめた。

「まあ、全員が揃うことなんてなかろーよ。帝国はあっちこっちで戦争してっからな。北のほうだとスループレイナと直接ドンパチしてるだろ」

「まあ、そうですね」

セシルが答え、

「へー、知らなかった!」

ボンクラ、もといモンローが感心したように言った。

「それよりボク、お腹すいたなあ……」

「そうね、そろそろ場所を移ろうか。そこでもう少し話を詰めていきましょ」

リルさんが言い、おのおの本館の大広間のほうへと歩いていくこととなった。

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