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Knight and Mist第三章-5 長老のはた迷惑な観光案内

「そして賢者イグノークがこの大広間を訪ね、ここを『大きな図書館とする』と言ったのだ。彼にはその限りなく美しき図書館の姿が見えていた……まだ見ぬ図書館の完全な姿がな。彼は歴史家でもあった。彼はエルフで1番の彫刻家を選び出し、そしてーー」

「あ! の!」

やっとのことでハルカは長老の止まらない話に割り込んだ。

あれから小一時間ほど。

ハルカは宴に参加するでもなく、エルフの館ツアーに強制参加させられていたのだった。

(はあ……お腹すいた……)

長老はよほど話し相手が欲しかったのか、蛇口の緩んだ水道の如くしゃべりつづけた。

半分はよく分からないはなしで、ハルカはだんだん飽き始めていた。

そんなところだ。

とある階段(これも美しくウンチクが詰まっている)にて、エルフの一団とすれ違った。

館のなかではエルフはみな優雅なローブをまとっていたが、その一団は狩装束だった。

「これはこれは長老、失礼いたします」

見たら、優しそうなエルフのエヴァンスだ。よく見れば奥には怪我をしたスループレイナの貴族の男もいる。ヒッポグリフを(たぶん競馬みたいなもののために)盗もうとした不届き者である。

まだ意識は回復しないらしく、ぐったりしている。彼は森の草食獣に轢かれてしまったのだ。

エルフたちはそれを不吉だと考えていた。

彼はグレートマザーとやらの裁断を受けなければならないはずだ。それまでは命は保証されるものの、エルフたちは今にもこのギャンブル中毒者を殺してしまいかねない状況だった。

……もっとも、それはハルカたちも同じなのだが。

「本当によいのですか、長老?」

おずおずとエヴァンスが尋ねる。

「この不届き者を館で保護すると?」

長老は重々しく頷いた。

楽しそうにウンチクをペラペラ喋っていた人物と同じ人とは思えない厳しさだ。

「その男には聞かねばならぬことが山ほどある」

そして身振りで去るよう示し、それから長老はハルカに対してニッコリした。

「さてさて! 館のこともおおまかな紹介はした! 次はエルフの料理と果実酒がいかに旨いか、エルフの音楽がいかに素晴らしいかを紹介しよう!」

「やっとごはんが食べられる……!!」

腹がペコペコだったハルカの目が輝いた。

階段で一階に降り、涼しい風の吹きわたる廊下を歩いていく。

長老はカンテラのようなものを持ち先導していたが、その先に眩しい光が漏れ出る部屋があった。

部屋に入ってみると、リュートのような弦楽器の音、スパイスと香草の匂い、そしてガヤガヤという楽しげな話し声が聞こえた。

部屋の中にはざっと三十人ほどのエルフがおり、テーブルの真ん中あたりにはシルディアがいた。

「だーかーらー! おなごにはやさしく! そっと! 愛情を伝えるのじゃ!」

向かいにはスコッティが座っており、困り顔で笑みをうかべていた。テーブルの上にはレティシアお手製サンドイッチが置かれており、スコッティのとなりに座っているエルフがどうやら半分ほど食べてしまったらしい。

シルディアはなんだか酔っ払った様子でそのことを咎めスコッティに説教しているようである。

ハルカはセシルの姿を探して視線をさまよわせた。

彼のことだから、こういうのは苦手といっていないのかもしれないーー

などと思ったとき、

「出てこぬか、気配を消せどもエルフの爺いの地獄耳には聞こえておるぞ」

長老が宙に向かって言う。

「心配なのは分かるがの。心配ならば手を離さぬことよ」

「………………」

返事がないとみると、長老はハルカに言った。

「さ、よく食べてよく飲み楽しみなさい。心配ごとはたくさんあれど、その楽しみだけはどこへ行こうと変わらぬものだから」

そう言うと長老は料理を運ばせ、ハルカの目の前にドッサリと置いた。

「音楽! 音楽! 私が歌うぞ!」

「お父様! 次は我が歌う番なのじゃ!」

「では親子ででゅえっとといこうではないか」

「いやじゃ! このボンクラに聞かせるせつなーい歌はお父様には歌えぬ! なんか楽しい歌になる! ダメ!」

どっと笑うエルフたち。

長老とシルディアが慕われているのがよく分かった。

結局、シルディアが一曲歌ったのちは、長老が延々歌い続けた。

その間にもハルカの前には大皿がたくさん運んでこられて尽きぬものかと思うほどであった。

ハルカも果実酒を口にして食事と音楽を楽しんだが、やはりセシルがいないのが気になって仕方ない。

スコッティとは話そうにも距離が遠すぎた。しかもエルフたちはこぞってスコッティと話をしたがった。

余所者に対する警戒と好奇心が入り乱れていた。

それはハルカに対してもそうだったが、なぜかハルカにはあまり話しかけるエルフがいなかった。

そこで、ある程度のところですませて、ハルカは歌う長老と、レティシアのことで詰められるスコッティを置いて、部屋を出たのだった。

つづき ふたたび湖畔にて


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