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Knight and Mist三章-4噂のあの人

ーーーー音楽とざわめきが聞こえ、ハルカは目を覚ました。

虫の声と風の音に混ざって人々の笑い声が聞こえて来る。

ずいぶんと寝てしまったらしい。お腹は空いていたが、すぐに宴に出る気にならず、ハルカは湖のほとりの方へと歩いていった。

よい風が吹いていた。

ハルカはその静寂と風を楽しんだ。

「宴にも出ずに湖や森を眺めているとは、そこに世界の神髄をみるからかな? それとも人と距離を置けるからかな? 人間のお嬢さん」

だしぬけにどこからか声がした。

振り返ってみると、長身のエルフが近づいてくるところだった。

みたことのない人だ。三十代の男のようにみえるが、エルフである。実年齢は分からない。

良い服を着ているが、その穏やかな微笑みにはたくさんの含蓄があり、かえって何者かを分かりにくくしていた。

「今宵は月が見えないな。あちらには灯がたくさんあるというのに、なぜ暗闇を歩く?」

「夜風が好きだからだと思います……単に」

少しドキドキしながらハルカは答えた。

「たしかに」

エルフは何度も頷いて言った。そして暗い湖のほうを眺めた。ハルカも同じようにする。

風の音だけの沈黙がおりる。

「グリフォンが姿をあらわすとは、奇妙なことだ」

しばらく経って、エルフが言った。

「それって、悪いことなんでしょうか」

ハルカが訊ねると、エルフは慎重に答えた。

「凶兆、と捉えることはできる。アレが最後に姿を表したのは前の文明ーークガ文明が滅亡する直前だったからの」

ハルカはハッとなった。

「何かが滅亡するんですか?」

「魔王を退けた国、スループレイナ。その文明は魔導大国、東の島から文明をもたらしたクガから引き継がれた……」

エルフの口から、ハルカが昔に作った世界の"設定"が語られた。

「一夜にして消えた文明、からの」

エルフは探るようにハルカを見た。

「スループレイナの王家の紋章は知っているか?空の王たる鷲、地の王たる獅子。そのどちらも表すグリフォン」

「そう、なんですね」

ハルカは曖昧に相槌をうった。

「何はともあれ、グリフォンが現れたのはスループレイナがらみのこと、ということでしょうか」

スループレイナ、セシルの国だ。そしてハルカのつくった世界。

「ところで、あなたは? えっと、わたしはーー」

「人間の娘、ハルカだな。皆知っておる。私はこの《最後の森》の館の主人だ。長老、と呼ぶ者もいる。好きなだけ滞在するが良いよ、異世界のお客さん」

ハルカはあっけにとられた。

長老というからにはしわくちゃなエルフが出てくるのかとてっきり思っていたのだ。

目の前のエルフは長いブロンズのような髪をしていた。長老というくらいだからここのエルフのなかでもっとも年長の部類なのだろうが、そうは思えない。

「カッカッカッ。エルフは人間よりもずっと永いときを生きる。我が娘から聞かなんだか? 我が娘、シルディア」

「じゃあおとうさまと言うのは……」

「それはまた別の存在だ。観ただろう」

言われてハルカは考えた。グレートマザーのことだろうか?

「グレートマザーはまた別じゃよ。シルディアは彼女のもとで修行しておる。まだまだ先は遠そうだがなあ…」

じゃあなんだろう?

考えるハルカに、長老は湖畔に座るよううながした。

「見なさい、この景色の美しさ。星空を映す湖面、花々」

遠くには滝があり、耳を澄ませるとその水音が聞こえた。

「本当に綺麗……」

ぼうっとするハルカをよそに、

「よし、良い眺めを楽しんだな。ここはこの森有数の絶景スポットだ。だがこれでは足りない。果実酒がなければ」

長老はスクッと立ち上がってさっさと歩き始めた。

「次はエルフの美しい音楽と素晴らしい食事、そして最高の果実酒を楽しみなさい!」

「ま、待ってください!」

遅れないようにハルカは慌てて長老を追った。

なるほど観光地化をはかりのぼりを立てた人物なだけはある。含蓄のある話が始まるかと思いきや、まさかの観光案内だった。

「外の人間が来るのは久しぶりでな。長老ワクワクモードじゃよ」

……スキップしてるし。

こうして、ハルカは長老に先導され、エルフの館へと向かったのであった。


つづき 長老のはた迷惑な観光案内


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