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Knight and Mist第八章-12 魔の都

「モンドのダンナぁ! 大変だ!」

モンド・デ=ラ=モンロー、スループレイナ大貴族のお屋敷の客間にて。

再会を喜びつつひととおり話が終わったころだ。

突如息を切らしながら、クール・シトラスがやって来た。

「すまねえダンナ、とにかく大変なんだーー」

言い切らないうちに、キラキラマントのイケメン、クール・シトラスが扉ずたいに崩れ落ち、その裏からずずい、と現れた人影がある。

「あーら、イスカゼーレの山娘ではありませんの!」

アンディがその人物を見て、バッと扇を広げて口元に当てた。声には棘がある。

「ダンナ、最後の『文句あったらうちの屋敷に来い!』はまずかったみたいだ……!」

クール・シトラスが悔しげに言う。

モンドはカクカクと首を縦に振っている。ちなみにモンドもキラキラマントの衣装のままである。

イスカゼーレの山娘、ことアザナルはハルカとそれほど変わらない身長の女性、黒髪に大きな蒼い瞳、そしてテンガロンハットにマントという変わったいでたち。

その彼女が、客間のソファにガン! と足をかけた。膝に肘をついて、テンガロンハットをクイッと持ち上げた。

「来てやったわよ。このあたし、アザナル・イスカゼーレ=ロンド様がね!」

「オレもいまーす」

後ろからヘコヘコ出て来たのは、伝説の勇者、キアラ・ガーディ。相変わらず葉っぱだらけの服を着ている。

「役者は揃った、というわけねーー」

ハルカがボソッと言う。

客間にはハルカ、デシール国のイーディス、辺境の領地を持ちエルフの祝福を受けたレティシアとスコッティ、スループレイナの大貴族モンド・アンディ兄妹と、同じく大貴族のアザナル、そして勇者のキアラ。

一堂に会するとなかなかの迫力である(レティシアはカーテンの影に隠れたままではあるが)。

イーディスがハルカをつついた。

「なあ、お前はこの女、味方だと思う?」

ハルカは悩むまでもなく頷いた。

「アザナルが私らを拉致る気ならもっと他の方法を取るし、キアラは酷いことはしないはず」

「本当か〜? 口癖の『わたし何も知らない〜』はどうしたんだよ」

「そうだけど」

ハルカは頬をかき、とりあえずアンドレアとアザナルの間に入った。

「アザナルは、私を保護したいの、それともゾンビにしたいの」

アザナルの眉がピクッと動く。

「……その宝珠、うちのやつのね」

ハルカが胸につけているペンダントを見て低い声で言う。

ハルカはまわりを見たあと、慎重に頷いた。

アザナルがはあっとため息をついた。

「心配しないで。その件は一部の暴走。それにセシルが加担したことも知ってる。あんたらを置いてって悪かったと思ってるわ。まさか都で白昼堂々は動かないと思ったのよ」

「てことは、俺らがこうなることをお前さんは予期してたのか?」

「予期ってか、はじめから北の森であんたらを助けてあげたじゃないの。さすがにあたしらのいるところで勝手はしないからね」

「てことは、北の森で俺らが襲われるのもはじめから知ってたのか?」

イーディスの問いに、アザナルは眉を寄せた。

「時空の歪みを検知して見に行っただけ。あたしはこのことを話せないけど、とにかく、あたしとキアラはあんたたちの味方。セシルに鍵を持たせて地下牢に行かせたのもあたしたちよ」

「じゃあ、お前らはみすみすあのクソ野郎を異端審問院に渡したわけ?」

イーディスの詰問に、キアラが割って入った。

「アザナルからは言えねーけど、オレたちもなんとかしようと頑張っているところなんだ」

イーディスが鼻を鳴らした。

「ケッ。信用ならねー」

会話中、アンディは二人を品定めするようにジロジロ見てーーやがてニコッと笑った。

「アタクシが手を汚すまでもなく、イスカゼーレは割れているのね? つまりそれは! 権力の凋落! オーッホッホッホッ! 爺や、シャンパンを開けましょう! 今日は良い日だわ!」

「かしこまりました」

爺やーー執事のセバスチャンは一礼して退がった。

そして高笑いされたアザナルは、足を床に下ろし、帽子を被り直した。

「カッコ悪いはなしで申し訳ないわ。権力の凋落はともかくとして、一部が暴走してるのはほんと」

「俺らが直接出なきゃいけないレベルって時点で察してくれ」

「かわいそうに……」

「お兄様! イスカゼーレとその田舎者に憐憫など! 無用!」

げっそりしているキアラに涙目で同情するモンドを無情にも叱り飛ばすアンディ。しかしその彼女の顔も曇る。

「神託を授かる王家、王家を支えるイスカゼーレ家、魔導士を育てる我がモンロー家。どれが傾いてもスループレイナには問題よ。異端審問院を仕切っているのは名前を口にするのも嫌な奴らばっかり。このままでは国体を成さなくなってしまうわ」

「そーゆーこと」

アザナルが肩をすくめた。

「繁栄を極める魔導王国でも所詮こんなもんか。だらしねーなあ」

イーディスが言って、ドスンと腰を下ろした。

「あ、そうだ、土産」

思い出したように言ったアザナルからイーディスに差し出されたのはーー

「《メテオラ》! これーー」

「あんたの剣でしょ。誰かがくすねる前に取ってきといたわ。ありがたがるがいい!」

「急に偉そうにされるとムカつくな。だが、まあ、ありがとよ」

言ってそっぽを向く。

「これでセシルを助けに行けるね!」

ハルカが喜んで言いーーだが部屋の誰も反応しない。キアラがわずかに目を逸らした。

「なに、誰もセシルを助けられないの?」

沈黙。

「今うちのもんに調べさせてるから時間をちょうだい」

言ったのはアザナル。

「え、どういうこと?」

キョロキョロするハルカに、

「正面突破は無謀、だからと言って裏から取引を持ちかけても今のところ無理、情報不足で動けない、名前ばっかりは有名だから余計に。こいつらには世間体があって、正当な理由がない限り動けないんだろ。そうだろ?」

イーディスが言った。

室内におりる重苦しい空気。

沈黙がイーディスの言葉を肯定したのだった。


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