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Knight and Mist第十章-3 お姫様と婚約者
あらためてミルフィとリキと挨拶をする。おんぶされたままで。
「上からごめんなさい」
ハルカが頭を下げると、ミルフィはニッコリ微笑んだ。
「頭が高いわよ♡」
「…………」
ちょっと可愛く言っているがおおよそアンディと同じ感じだ。
危険を感じ、ハルカは無言でセシルの背の裏に隠れた。そういえばセシルからいい香りがする。たぶん乳香か何かだろう。
それから、セシルの陰から二人を観察する。
ミルフィ王女は大きな瞳に長い黒髪をひとつにたばねている。その髪は真っ直ぐで、光によっては濃い緑にも見えた。背が高く、スレンダーで手足が長い。モデル体型だ。
対するリキはオレンジがかった茶髪。小柄だがガッシリした体格で、身長こそキアラやセシルよりも低いが、そうは見えなかった。
「さすがにそれは無理ってやつだろ、ミルフィ。セシルも降ろさないつもりみたいだし。なんでか分からないけど」
言ってリキはセシルを見た。セシルは軽く肩をすくめる。
リキはキアラをさらに人を良くしたような感じで、キアラがコリーなら、リキはレトリーバーの子犬みたいな感じだった。
そうは言っても、チワワのようなモンドとは違い、一本筋のとおった人間であることをうかがわせた。
「まあ、ハルカのことは僕に取り憑いたオバケかなんかだと思っておいてください」
「扱いがひどい!!」
抗議するハルカ。
ーーと、ミルフィの視線がスゥッと冷めたものに変わる。
「それで、この娘が例のアレなわけね。自分の目で確かめたかったから来たのだけどーーたしかにアレね」
ミルフィの言葉にアザナルがうなずく。
「見てると蜃気楼か陽炎みたく見えてくるわよね。セシルは気持ち悪くならないの?」
「僕はそんなことより、彼女の持つ魔力ーー魔力と言うのか分かりませんが、そっちに酔います」
「なんか空間が斜めになってて気持ち悪ーって感じになるのよね」
アザナルが言う。
「俺には何もさっぱり分からん」
「オレにも分からん」
「私にも分からん」
リキとキアラが口を揃え、ハルカが同調する。
「なんの話だ?」
スコッティに尋ねられ、モンドが答える。
「たいていの魔導師か魔力に敏感な人間なら分かるんだけど、ハルカちゃんの周囲ってちょっと特殊なんだ」
「今一度聞くけど。ほんとーにこの娘、魔族じゃないの?」
ミルフィがジト目で言う。
「私が魔族っ!?」
びっくりしてハルカが叫んだ。
「ないないない! なんか魔族になったひとからお前も魔族になれーって言われたもん! だから人間!」
「魔族だろうとオバケだろうと僕はハルカを引き渡すつもりはありませんからね。一度はイスカゼーレに渡しましたが、今後そのようなことは二度と起きませんので」
セシルが言い放ち、場の空気が一瞬張り詰める。
「それが誰の命令であっても、か?」
キアラが聞く。セシルは小さくうなずいた。
「それは、命の恩人だからーーか?」
「えー? セシルに限ってそれはないない」
「セシルさんにそんな感情があるのか疑わしいわ」
アザナルとミルフィが口々に言う。なかなかな言われようである。
「命の恩人ーー皆さんが想像している意味での、命の恩人、ではないですね」
「セシル、もしかしてこうなることを予期して私を背中の裏に匿ってくれた?」
ハルカが感動して言うと、
「いえ、肌の露出が多いので皆さんの目に毒ですから」
にべもなく言われる。
「って、目に毒ってどういう意味よ!? さっきから見てると気持ち悪くなるだのなんかめちゃめちゃに言われっぱなしなんですが!?」
理不尽な気持ちになっていると、後ろからイーディスが耳打ちした。
「やーだねー! 男の嫉妬ってやつは!」
「えっ、どういうこと!? 私なんか妬まれるようなことした!?」
「ちげーよ! いいか、セシルはだなあーー」
「聞こえてますよ」
底冷えする殺気のこもったセシルの声。
凍る空気。
「え、なに? なに?」
ハルカはわけが分からず、イーディスはニヤニヤしているところセシルから睨まれる。
リキがポンと手を打った。
「あれか! 自分のカノジョの姿隠したいって思いながら、背中に胸が当たってラッーー」
「おいやめーー!!」
皆まで言うまでもなく。イーディスが止める間もなく。
ガシャーン!!
派手な音を鳴り散らかしてタイル張りの床にめり込むリキ。
「《指向性重力・下・強×2」
呪文を唱えたのはもちろんセシル。ひっっくい声で。
「言っていいことと悪いことがあります。ね? 王様になる前に知らないとまずいですよね? 僕は親切に教えてあげているだけですからね?」
マジギレである。
「ちょっと冗談言っただけじゃないかあ〜」
「私の婚約者じゃなかったら死んでたわよ、リキ」
ミルフィが床にめり込むリキを見て呆れて言う。
「リキとセシルはウマが合わないんだ」
フォローなのかそうでないのか分からないことを言うキアラ。
「チッ、仕方ない」
やたらと悪態をつきながらセシルはようやくハルカをおろした。ラッキースケベ狙いだと言われたのでそうせざるをえなかったらしい。
これでようやくまともに楽しめるというものだ。セシルの背中も悪くはないが、やはりレジャーランドは楽しみたい。
(背中……)
ふとセシルの背中を見る。服の隙間からいくつもの傷痕が見える。
すっかり慣れきってしまい考えることもなくなっていたが、あらためて考えると薄着で密着していたのだ。
(いかんいかん)
ハルカは顔を覆って首を振った。なんだか急に恥ずかしくなってきたのだ。
意識し始めたらとことん意識してしまうものだ。
みなで大浴場に行こうということになって。行き道は転ばないよう手を引かれ、風呂に入るときは滑らないようお姫様抱っこ。過保護だとしか感じていなかった行動の数々が、なんか、ちょっとーー
(イーディスが変なことを言うからー!!!!)
温泉に入っていても、学校のプールがまるごと入りそうな大きさにも関わらず、ハルカをはじっこに座らせ、セシルはその横に陣取り正直狭い。会話にも入りづらいのでハルカはセシル側に寄っていくし、そうなるとセシルが腕をハルカの背中側に持ってくる。それで触れ合うわけではないが、明らかにパーソナルスペース的には近い。近すぎる。
気にしてなかったことが急に気になりだす。それまではてっきりハルカを守るためにそうしているのだと思ったのだが、ここにいるメンバーは警戒する必要はないはずだ。それともセシルだけが知っている何かがあるとか?
考え込んでいると、フワフワとクラゲのようにレティシアがやってきた。
「気持ちの良い湯ですね! フフフ、私、スループレイナの温泉初めてなんです! ハルカは楽しめていますか?」
どうやら心配してくれているらしい。
「あっ、うん! すごいね! 真ん中のあたりにお湯の噴水がある!」
「彫刻の間から流れてくるのも風情があって素敵ですね。ちょっと、いっしょにみにいきましょっか」
セシルがピクッとし、レティシアを見る。無言で。
「私はこの世界でのハルカの後見人で保護者です。保護者として、ここへ来てからずっと過酷な生活を送ってきた彼女に息抜きを与えねばなりません」
レティシアが穏やかに諭すように言った。
言っていることは至極真っ当で親切。だが見た目はクラゲだ。
「レティシアさん」
セシルがマジマジとクラゲ、もといレティシアを見つめ言った。
「僕は死にかけて気づいたんです」
しばらく間が空いたあと。
「ーーこの時期の露天風呂は最高ではないかと」
そう言うと、ザバッと立ち上がって、
「あ、露天風呂いーー」
露天風呂へ行くために立ち上がろうとしたところを持ち上げられ、連れて行かれたのだった。
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