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Knight and Mist第十章-2湯けむりファンタジー風呂

「わーい! 温泉、温泉!」

王都でも一番大きな広場に面した温泉を前にして、テンションが上がるハルカとキアラ。

それは大理石でできたテーマパークのようで、完全にレジャー施設。たぶん古代ローマ帝国のテルマエみたいなものなのだろう。

王都は水道もちゃんとしてるし、水洗トイレだし、みんな風呂好きで清潔なので現代人のハルカにとってはありがたいことであった。

そしてこの温泉。現代で言うところの水着を着てサンダルを履いて歩き回るようだ。その辺は温泉というよりもプールランドみたいな感じだ。実際流れる温泉とかもあるらしい。

集まったのはセシル、ハルカ、アザナル、キアラ、イーディス、スコッティ、レティシア、モンロー家から3人、そしてーー

「ひ、姫さま!?」

モンドが素っ頓狂な声で叫んだ。アンディとクール・シトラスに口を塞がれる。

「今日はお忍びでミルフィ王女とその婚約者のリキ・ガーディが来てるわ。リキのことは知ってるわよね?」

アザナルが軽く紹介してみんなを見渡す。

アンディがすかさずバサッと扇を広げようとしたところ、ミルフィが咳払いをしーー結局アンディは扇をしまった。

「リキは平民の出だけど、正式に婚約者になってるから不敬は許されないわよ」

アザナルが釘を刺す。アンディは嫌悪感を隠そうとはせず、モンドとクール・シトラスが冷や汗をかくはめに。

当の本人はそんな空気ものともせず。

「オッス! オレ、リキって言うんだ。キアラとおんなじ、勇者として知られてるけどもうそれも十年も前のはなしだからなー。あんまり気後れしないで、仲良くしようぜ!」

「わりーな。こいつ呑気なんだわ」

キアラの雑な紹介。

「とにかくはやく入りましょう。もうクタクタだわ」

とはミルフィことお姫様。次期女王である。この人もマイペースだ。

アザナルとキアラが気を配ってテキパキ動き、客人をもてなすよう先導する。

「モンロー家の没落って気が利かないからなんじゃ……」

その様子を見たハルカがボソッと言うと、なぜかスコッティとレティシアからシーッ! と止められる。なんだろう、領地が近いからこそ分かるものとかあるのだろうか。

それから男女に分かれ、それぞれの湯着を着ることとなるがーーなぜかハルカに渡されたものだけやたらにデカくてゴワゴワしている。

身につけたらてるてる坊主みたいになってしまった。

「え、なにこれ。全然楽しめないんだけど」

他のみんなはプリーツやドレープの美しい、ギリシャの彫像にありそうな素敵な服を着ている。なぜ自分一人だけてるてる坊主なのか。憤慨してハルカは更衣室を出た。

「これ、セシルが選んだんでしょ! なんなのよこれは!」

「精一杯の譲歩です! ノーモア譲歩!」

「やだこれ小学生がプールのときにつかうタオルじゃん!」

「何言ってるか分かりませんがそれで十分楽しめます!」

「いーやーだー!」

そんな言い合いをリキとミルフィが目を丸くして見ていた。

「気分転換に珍しいものが見られるとは聞いていたけれど、なかなか珍妙なものを見せてくれるわね」

「セシルくんが怒鳴ってるとこはじめて見た気がする……?」

「そもそもセシルを怒鳴りつける女が珍しい」

二人に対してキアラが言う。そういえばセシルとハルカのやりとりをキアラは知らないのだ。アザナルでさえ少し驚いた顔をしていた。

そんなわきではいつもの光景が繰り広げられていた。美しい金の髪、可憐な美少女の可憐な姿ーーだが、石像と一体化している。

「レティシア! 隠れてんなって! 今回お前の活躍も凄かったんだからさ!」

イーディスが野良猫にするように舌を鳴らして呼ぶ。

「怖くねえ、怖くねえから!」

「いえ、わたしはこの石像が気に入ったのです!」

「今日こそはちょっとは慣れてもらいたいなー」

スコッティが苦笑して言う。

「ハルカのとレティシアの交換すればいいじゃん。そしたらレティシアは恥ずかしくなったら隠れられるし」

モンドが言う。途端、蒼くなるセシル。

「えっ、ちょっ、それはーー」

「よしレティシア交換だ!!」

「私もそれがいいかとっ!」

合意のもと、ハルカとレティシアは湯着を交換した。せっかくの美少女が台無しだが、仕方がない。

可愛い湯着でルンルンで更衣室を出るハルカ。テントが動いているみたいな不審な動き方をするレティシア。

出てきたところで、ハルカは何か壁のようなものにぶつかった。セシルだ。

「こんなところでなにしてんの?」

「視線を遮ってます」

「何も見えないんだけど」

「それでいーんです」

「いや、それじゃ楽しくない」

セシルの背中から顔を出すーーと、そのままおんぶされてしまった。

「ちょ! 危ない、危ない!! おんぶするなら言ってよ!」

「この僕が落とすことはありえないので大丈夫です。あんまり暴れると帰しますからね」

「えー! ひどい! 落とすよりひどい!」

「落としはしませんよ。間違いなく帰します」

「鬼!!!!」

言い合うハルカとセシルの前に立ち、ニヤニヤしたイーディスが上から下まで眺めた。そのイーディスは手足がすらっと長く、それこそ彫刻のように美しい。

「…………まあ、がんばれ」

どちらに声をかけたのか分からないままイーディスは踵を返した。

スコッティがレティシアとセシルを見比べ、

「お互い大変だな」

と言ったのだった。


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