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Knight and Mist第八章-1 深峰戒という男①

「あらためて名乗ろう。私の名前は深峰戒ふかみねかい。魔族だ、というよりは、魔族の権能を有する、と言ったほうが正しいな」

トンネルのようにループした空間に佇む男ーー深峰戒ふかみねかいと名乗った男が不敵に笑い言った。

謎の空間に囚われ、魔導士たちに謎の実験をされそうだったところ、魔族が現れなんとか助かったものの、脱出に手こずっていたーーそんなときだ。この男が現れたのは。

背が高くシャンと立つ神父服の男。

顔には笑みが張り付いている。

彼は日本人だと言いながら、魔族でもあると言う。そして《鷲獅子心の剣グリーヴァ》の生みの親でもあるという。

「それで、あなたはこの剣を見に来て、それで満足なの? この剣を創ったってどういうこと?」

「まあ、そう急くな、若者よ。私のことは《オーセンティック》と呼んでくれ。それがここでの名前だ。深峰戒なんて男は死んだ。私はここで生まれ変わったのだ。キミも生まれ変わるといい。浅霧遙香なんて死なせればいいのだ」

「なっーー!?」

名前を呼ばれ一瞬たじろぎ、剣を向ける。

「……っと、それが私の名前だと?」

ーーが。なんとかとどまり、ハルカはそらっとぼけた。

(なんだか分からないけどできる限りこいつに情報は渡さないどこう)

あらためて気づけば、歯がカタカタと鳴っていることに気づく。かまえている剣もガタガタと震えている。

気づかず後ずさっていたらしく、背中が棚にぶつかり、薬瓶が落ちて割れる音がした。

オーセンティックが苦笑した。

「これは悪かった。魔族の権能のなかに《恐怖》というものがあるらしくてね、どうにも私にはまだ扱いきれていないようだ。こちらとしては怯えさせるつもりはないのだが、そうにもいかないらしい」

「はあ……」

魔族であるユーウェインに対して同じものを感じたことはなかった。

(ユーウェインはちゃんと自分の能力を制御できているだけで、それを向けられたら今と同じように恐怖が湧き起こる、ってことか)

ーーそもそも、セシルに睨まれただけで心の底から怖いのだが。

「私に敵意はないと、それだけは言っておこう」

男が両手を上げて言った。

「私なりの誠意のつもりだよ。たしかに私は手を上げたこの姿のままキミを攻撃できる。だが我々には文化というものがある。このカタチは抵抗をしないという意思表示だろう?」

「それはそうだけども」

「ならばキミもその物騒なモノを降ろすのが礼儀ではないかね? 私の目的は、あくまで会話だ」

ハルカは幾分落ち着きを取り戻して、頭を整理した。まわりを見渡し、そして剣をおろす。

「分かった。会話ね。……ここなら誰かに聞かれるということもなさそうだしね」

「そういうことだ。ここには誰の目にも入らない。キミと私だけがここに"存在"している。"存在"している、の定義にもよるがな。キミの立場から言えば、キミは"存在"をなくしているからな」

「どういう意味よ?」

「ここはないはずの場所だ。そこに居るキミは本当に、本当に"存在"しているのかね?」

「じゃあ聞くけど。あなたが喋ってる相手は何? 壁とでも話してるの?」

「そういうことだ。私がお前を"存在"させている。誰しも"観測者"がいなければ"存在"できないものだ。その存在強度が弱い者が、そこで朽ちているモノたちだ」

ハルカは足下を見た。イスカゼーレの魔道士。諜報機関で裏の仕事をしている、おそらくは存在を消された人たちーー

「《ネームレス・ワン》とやらに負けたくなければ、私を観測する人を用意しておけばいいのね」

顔のないネズミの群れーー存在を喰うというあれを思い出しながら、ハルカは言った。

倒れているイスカゼーレの魔導師たちは、いずれもそのネズミに食べられてしまったのだ。

「観測者に頼るようでは二流だが、正解だ」

ふうっと息を吐く。

「そしてその存在強度とやらは、この世界の人も私たちも変わらないのね」

「それはいかがなものか」

嘆くかのようにオーセンティックが言った。

「私たちは選ばれし者たちだ。この世界を創りあげ、織り上げ、そして生み出したのだ。なぜこやつらと同じだと考えるのかね」

ハルカは肩をすくめた。

「私はただの人よ。なんだか特別な剣は持つことができたけど、それだけ。剣の訓練も受けてないの。この剣のことだって何も分からない」

するとオーセンティックは意外そうな顔で眉を上げた。

「それは意外だ。キミはすべてを知っていると思ったのだが、違うのかね」

「魔族のなり方さえも知らないわね」

ハルカの皮肉にオーセンティックは肩をすくめた。

「その剣のことは私がよく知っているが、話さないほうがいいだろう。私としては、キミにこのまま持っていてもらいたいからな」

「何これ、強力な祝福が施されている剣とか何かなの?」

「心配するな。産廃ではない。そもそも産廃など生み出すものではない。リユースしなくてはな」

「その話はこの世界には関係ないでしょーが」

オーセンティックがいきなり環境問題の話をしたので、呆れてハルカは返した。

「クックックッ。それもそうだ。今は遠い話だ」

「環境破壊を心配する魔族とか新しいんだけど」

「だから言ったろう。魔族の権能を有するだけだ、私は。もとの私は貧弱で、脆弱で、淘汰されるべき人間であった。お礼のつもりで話しをしにきたのだよ」

「それはどうも」

「魔族を創ったのはキミだろう」

ハルカはあたりを見回した。魔族が聞いていたら嫌だなと思ったからだ。

「ユーウェインは今はいない。安心したまえ」

「……魔族、という設定はあった。物語には出てこなかったけどね」

「なるほど、キミは小説家か」

「拙い小説のまねっこよ。こんなもの、ずっと忘れてたもの」

「それは私とて同じことだ。お互い恥じるのはよそうではないか。この世界の住人に対して大変な失礼だからな」

「魔族からのお説教どーも」

「セシルくんはキミとそっくりだな」

だしぬけにセシルの名前が出てきたので、ハルカは驚いてオーセンティックを見た。

「セシルと知り合いなの!?」

「ククク。セシルくんが魔族と知り合いだという設定を創ったのはキミ自身だろう」

(……なんで知ってるんだろう……)

ジト目で見て考える。

「ひとつ謎を解いてやろう。セシルくんを魔霧ミストからキミの元へ送り届けたのはこの私だ。だから彼はキミがイスカゼーレこのような輩に拘束される前に彼が接触できたのだ。まあ、彼はその機会を無にしてしまったようだがな。私としてはキミとセシルくんとの繋がりがとても興味深い。キミは気づいていないようだから、これは他の誰かが創ったものなのかもしれないし、あるいはアクシデント的に自然発生したものなのかもしれん。だがたしかにそこにある。それが目醒めるのを私は待っているのだよ」

「はあ……? つまりは?」

まわりくどい言い回しで意味が取れず、ハルカは問い直した。

するとオーセンティックは楽しげに言った。

「キミとセシルくんには明らかに何かしらの"絆"と呼ぶべきものがある。私はそれを嫌悪しているがね。だからこそ、目醒めるのを待っているのだ」

「はあ……? 嫌いなら、なんでわざわざ教えてくれるの?」

「それは、絶望をよろこぶ魔族のさがゆえに、だ。深峰戒という男は絶望にもてあそばれた。だが私はこの世界でなら絶望を弄ぶこともできる。それがたのしくて仕方がない」



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