Knight and Mist五章-3La Mer(ビヨンド・ザ ・シー)
トンネルを抜けると、コンクリートでできた断崖絶壁の上に出た。
急に明るくなり、目を瞬く。
目の前には荒れ狂う海を真っ二つに分けているコンクリートの小径のようなものがある。
幅は肩幅ほどしかなく、高さはゆうに3メートルは超えていた。
その小径は灯台へとつづいていた。
そしてまたしてもガス灯が立っている。
コンクリートの小径から灯台へと等間隔にガス灯が並んでいた。
呆然と歩き出すと、徐々に暗くなり、ガス灯の光と灯台の光が頼りになった。
風がびゅうびゅう吹いて、一瞬、海へと落ちかける、、すんでのところでハルカはガス灯を掴んだ。
振り返るとトンネルは消えており、代わりに前方に見えている風景とまったく同じ風景があった。まるでコピペでもしたかのようだ。
潮騒の音がする。
下のほうでは荒れ狂う暗い海が渦を巻くようにコンクリートに打ち付けられては砕け散っていた。
ーー落ちたらシャレにならない。
灯台に行けば風にあおられて落ちそうにもならないし、灯台まで行こうかと考えていたところだった。
前から人が歩いてきた。
藤色の髪の色の男で、その人はセシルよりも背が高かった。
風にマントが煽られはためくものの、男はよろめくこともなくまっすぐ歩いてきた。
柔和な雰囲気だが、羽織ったマントの下の肉体はガッチリしているのが分かる。
「諦めなよ。キミにはあそこにたどり着けない」
男は感情のこもらない声で言った。
「あ……」
ハルカは一瞬ためらったあと、意を決して、
「あの部屋は何だったの? あの動物はなに?」
「あれはネームレス・ワンだ。もとは人だよ。顔を求め人を襲う」
「………………」
「自分が何ものでもないと感じるのは人間にとって耐え難いことなんだろう? だからひとのものを奪ってでも存在したいと嘆いている連中さ」
「じゃあ……」
「杭を打っていた人かい? 彼女は、そうだな……」
藤色の髪の男が考えるような仕草をしたときだ。
「離れろハルカ! そいつは魔族だ!」
声とともに重い金属音が降ってきた。
イーディスが中空から男に向けて大剣を振り下ろしたのだ。
それをひらりとかわす、魔族。
イーディスを中心に景色が変わる。
灼熱の地獄のような場所へと。
「ずいぶんな挨拶じゃないか。俺としては、まだなにもするつもりはなかったんだけど」
そう言ってクスッと笑う。
イーディスが庇うように魔族とハルカのあいだに入り、剣をかまえた。
「どうだい、旅は? ずいぶんと堪えたようだね。これがキミの心象風景か」
悲鳴と炎と、影絵のように逃げ回る人々。焼ける家、嫌な臭い。
「うるせー魔族! テメーを倒せばここを出られるんだろ!」
「俺の気が向けば今だってすぐに出られるさ」
「魔霧(ミスト)を起こしてるのはあなたなの? いったいなぜ? 見えている風景が人によって違うの? これはなに?」
問いただそうとするハルカに、魔族はふふっと微笑んだ。
「キミが見た光景。それが答えさ。俺には分かる。キミが俺たち側だってことをね」
「ハルカ! 耳を貸すなよ! こいつは魔族なんだ!」
言ってイーディスが斬りかかる。
重い斬撃が魔族に襲いかかる。
だが魔族は避けもせず、ただそれを手で止めた。
「俺の名はユーウェイン。今日のところは、ここまでにしようか」
「あっ! 待ちやがれ、このっ……!」
魔族ーーユーウェインは踵を返すと、それとともに炎の風景が消え、気づけば森の中にぽつり、イーディスとハルカは二人で立っていた。
「もどって……これたの?」
キョロキョロするハルカに、警戒を解かないイーディス。
そこはうっすらと霧に包まれた針葉樹林だった。
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