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Knight and Mist第九章-5ミッションスタート

「それで、どういうことですの!!」

来るなりアンディは応接間のテーブルにバン! と両手を叩きつけた。

異端審問院の代表として現れたのはおかっぱ頭の男であった。

「どういうこととはどういうことでしょう。我ら侍従一族が王家を、ひいてはイスカゼーレ、そして国を守るためにしていることですが」

おかっぱ頭の男は特に感情のこもらない言葉で答えた。

「だから、たかが召使い風情がなんでそんな偉そうなのか尋ねているのよ! こちらはスループレイナ建国以来の旧家、モンロー家よ! 礼儀知らずにもほどがあるわ!」

おかっぱ頭は突然の来訪者への迷惑感を隠しもせずに憮然とした表情になった。

「ですからこうして、モンロー様だからこそ、関係者以外本来は立ち入り禁止であるはずの、この異端審問院へのご視察を特別に許可いたしましたので。それも急なアポイントメントで」

「そこがまずおかしいと言ってるの!」

またしてもアンディがテーブルを叩くので、衝撃で紅茶のカップが倒れた。

「失礼、新しいお茶を用意させましょう」

おかっぱが隅に控える侍従に命じる。

「モンロー家の要請に応じない可能性があるなんて、なんという侮辱! あまりに侮辱しますと、このアタクシ、『侍従長に謀反の意あり、異端審問院を私物化している』と見て貴族院へ報告せざるを得なくなってしまいますわ」

アンディが鋭い眼差しを送る。いきなりからフルスロットルだ。侍従長は咳払いをした。

「我らは独立機関。暗黒の組織は確実に宮廷を蝕んでおります。そもそもは王家に庶民の血を入れたのが間違い。なのに姫までが、勇者なる田舎者と結婚されようとしています。それにはモンロー様もご反対でございましょう。勇者だとか言って要職を平民ごときが奪うのは、魔王による二次災害にほかなりません。そこについて、我々の見解は同じ、と思っておりますが」

「ふーん」

アンディが扇子で顔を隠す。

この侍従長、なかなか言う。恭しくではあるがかなり過激だ。

キアラやアザナルがミッションから外されたのも道理である。彼らが勇者であり、王家とイスカゼーレ家が魔王と戦ったのであり、要職を得たのもその周辺の人間だ。

もっとも、キアラは王都に馴染まなくてどちらかと言えば閑職というか、王都の衛兵をとりまとめて偉い人との繋ぐーーつまりは中間管理職をやっているらしいが。

アンディはさらに言った。

「それはもちろんそうだわ! 我がモンロー家を中心として、貴族たちが王を支えるのがものの道理! そしてあなたがたは、貴族ではなく侍従でしょう!」

「ですからそれは暗黒組織が貴族のあいだにもーー」

「だまらっしゃい! 我がモンロー家が、スループレイナ御三家のこのモンローが、暗黒組織に加担するとでも!? とんでもない侮辱だわ!」

アンディの迫力に、さすがの侍従もたじたじしはじめた。

「いえ、まあ、モンロー様方の潔白は我々一同心より信じております。ですから今日こうしてーー」

「足りないわ」

「えっ」

「全権よこしなさい」

「え!?」

侍従長が目を丸くしているあいだに、ここでキラキラマントのクール・シトラスがオホンと咳払い。

「失礼ながら姫君。さすがにそれは無茶な注文、ってやつでは」

この発言は予想していなかったらしい。侍従長は目をまんまるにしている。

クール・シトラスに言われ、アンディは扇をパタパタしながら宙を仰いだ。

「そうかしらねえー。実はね、侍従長。風の噂に、イスカゼーレの泣きどころを掴んだと聞いたのよ」

「は、はあ。さようでございますかーー」

だんだん侍従長がアンディのペースに巻き込まれてきた。それを静かに見守るハルカ。スコッティも動かない。タイミングはまだだ。

「ねえ、侍従長。あなた、このまま侍従長でいたいでしょう?」

「な、何をおっしゃりたいので?」

「それは脅しだよ、侍従長殿」

そんな声とともに薄ら笑いで部屋に入ってきたのはーー

「ぁーー」

すんでのところで口から声が出るのを止めるハルカ。

背の高い神父服の男。三十代半ば。東洋系の顔立ち。

目の前に立っていたのはーー

(深峰戒、もとい、《オーセンティック》ーー!! なんでここに!? 魔族じゃないの!?)

オーセンティックはハルカに向かって微笑み、それから侍従長の肩を叩いた。

「ここは私が引き受けよう。キミは職務に戻りなさい」

侍従長がうさんくさげにオーセンティックを見上げた。

「命令だから貴様の言うことは聞くが、私はまだ認めてはおらぬからな。この異端審問院、情報の宝庫であるからしてスパイも多く入り込む。それがしはそなたのことなど知らぬ。いきなり現れてーー」

「侍従長、そういうとこだよ。せっかく私が持ち込んだ切り札のことがもう噂話になってしまっているじゃあないか。いいからここは私に任せなさい。キミは喋りすぎるからね」

慇懃に言って、微笑むオーセンティック。

ハルカは拳を握る。この部屋にいるなかで彼のことを知っているのはハルカだけだ。それに話からすると、セシルが異端審問院に捕まったことにオーセンティックが関わっているらしい。

(一番ありえるのは、セシルを手土産に異端審問院で権力を得たか、取引をしたかーー)

考えてみれば、セシルは歩く爆弾のようなものだ。使いようによって好きなように爆破できてしまうような力を持っている。

(となると、本人にとってもイスカゼーレの暗部みたいなとこにいるほうが安全、てわけね)

実はイスカゼーレの長であるアザナルの父はセシルにとって伯父にあたる。つまり、アザナルとセシルは従兄弟だ。イスカゼーレの長の妹の忘れ形見、それがセシルでもある。イスカゼーレの長はセシルの実父とも友人。だからこそ大切に保護しているはずである。

(でなきゃ暗殺されてておかしくないよね……。このスキャンダルだけで王家もイスカゼーレ家も吹っ飛ぶもの。アンディはセシルを預かれば権力を持てるって言ってたけど、セシルのことがバレればスループレイナ自体が下手したら吹っ飛ぶな……)

ここにきて、王家とイスカゼーレ家が、モンロー家に頭を下げてまで救出に出る理由も分かったような気がする。

(これ、思った以上に深刻な話だわ)

不敵に笑むオーセンティックを見つめながらハルカは思ったのだった。


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