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Knight and Mist第九章-3 作戦会議

「そういうわけで。王家の立場としては、セシルが元テネブラエの一員で、情報と引き換えに無罪放免にしたーーこの取引のことを異端審問院に知られたくないの。たまにきなくさいところに潜入捜査もしてもらってるから」

アザナルが慎重に言った。

「逆に言うと、異端審問院から見ればきなくさいはなしだらけの男ってなわけだ。あのクソ野郎は」

イーディスがふーん、と足を組みソファにもたれかかり腕を頭の後ろで組んだ。

「それに、まだありますわよね? 王家が出てくる理由」

アンディがアザナルとキアラを睨む。というよりすごむ。

「そっ、それは聞いちゃいけないやつだよ! セシルくんが女王さまのお兄さんのーー執政官さまの隠し子だなんて! そんな噂! ねっ!」

アンディとアザナルから睨まれるモンド。

「お兄様、なんてことおっしゃるの!!」

なぜかアンディに怒鳴られるモンド。

アザナルは深くため息をついた。キアラがその肩に手をかける。

「あんまり抱え込むとハゲるぞ」

「それが励ましの言葉かー!」

アザナルの逆鱗に触れて床にのびるハメになるキアラ。

「みんな乱暴だなあ……」

「お前の意見に賛成したくねえが、こればっかりは賛成だな、どうなってんだこの国は」

モンドに同調してイーディスが呆れて言う。

「スループレイナは女が強い。だから強国なのさ」

スコッティがサラッと言った。

部屋の空気がかたまる。

「えっ、だってそうだろう? 王位継承権第一位は、兄ではなく妹。スループレイナは女王が普通なんだろう。巫女だから」

「そりゃそうだけどーー」

「じゃあなんでみんなこえーんだよ」

くちごもるアザナル、ジト目のイーディス。

「俺様は女だからって舐められないよう必死なんだぜ! そうか、それが王様の言ってた、スループレイナは良い国ってことか……」

「アンディがすこぶる怖いのがスループレイナの良いところって言われるとなんかボク微妙な気分!」

「モンドさま! アンディ様の張り手は国宝級でございます!」

「クール・シトラスがなんだか怖い!」

キラキラマント(羽付き)がキラキラマント(羽なし)に怯えはじめる。

「まあ、そういうわけで。そこは推測にまかせるけど、そういうことよ……」

アザナルが遠い目で言った。キアラが肩に手を置き、それを振り払うアザナル。二人して深いため息。

つまりは、セシル救出はセシルの実父が絡んでるけどそれは知られてはならない、という話だ。

(設定としてはそうだったけど、本当にそうなのかね……)

ハルカは顎に手を当て考えた。

(魔王を倒すときに大怪我して、それがきっかけで知らなかった実父と再会してハッピーエンドだったはずなんだけど……なんでセシルはあんなーー)

そこであの底冷えする感覚を思い出す。

(彼は絶望し過ぎた。もう彼に真っ当な生き方は無理。そんな彼の居場所がスループレイナの暗部ーー)

「誰でもないひと、か……」

「あん? なんだ?」

ハルカの独り言にイーディスが返す。

「セシルも誰でもないひと、なんだなあと思って。ホラ、戦場で名を名乗れ! ってやったとして。アザナルは名乗る。キアラも名乗る。モンドは分からないけど、アンディは名乗る。スコッティも名乗る。レティシアも名乗る。セシルはーー」

「あー、茶化すか嘘をつくだろうなあ。たしかにヤツに"名"はねえな。だから真っ先に殺したいタイプなんだが。そもそも奴は騎士ナイトじゃねえからな。誇りもないただの暗殺者だ。使ってる剣だって土産モンだったろうが。呆れた奴だぜ。そんなヤツと真正面から打ち合って勝てないって思っちまう自分も情けねえけど」

「イーディスでも勝てないの?」

「勝てるかよ! あいつが本気出しゃ《死神》すら相手にならねえだろう! でもあいつ本気にならねえってか、なれねえとこあんだよな。変なヤツ」

「なんで捕まってるのかしら……独りで脱獄しないのかな」

言ってから、流れ込んできた"アレ"を思い出す。口の中がにわかに血の味になる。

「拷問されてるのよね。でもなんで捕まったのかやっぱり謎」

これにはアザナルが答えた。

「異端審問院には魔導を封じる結界が張ってあるの。セシルといえど脱出は無理よ」

「てことは、そのセシルを脱出させるのも無理じゃない?」

ハルカの指摘に考え込むアザナル。

「よく分かってるわね」

あの流れ込んできた気持ちを思い返す。今度顔を合わせたらもっと彼自身のことをよく知ろう、とハルカは考えた。

「セシルとやらはなんでテネブラエにいたのに、裏切るような真似を? そこまでして助ける価値のある人間なのかしら?」

「ちょっと、アンディ!」

「あら、お兄様。お兄様はご自覚がないようですけれど、家名は! 命よりも! 重い! ですわよ。罪人なんかと関係を持ちたくないわ」

「そこの誰かさんは賭けカード仲間だったんだろう?」

スコッティが茶化して言う。

「はじめあいつ弱いふりしてやがってさー。それで最後全財産取られたんだった。あー! 思い返しても腹立つ! 仕返しになんか変なモノいただいたけど! おかげで今はこの立場だ! エルフに殺されかけた!」

「それはキミがエルフからヒッポグリフを盗もうとしたからだろう」

スコッティが苦笑する。

「でもあいつ、負けても勝ってもあんまり気にしてないみたいだったな」

「それがギャンブル中毒にならない秘訣なんじゃねーの」

イーディスが茶々を入れる。

「そうじゃなくて! なんか変なヤツだった。本気にならないってそういうことなのかもなあ。そんな奴が、秘密結社に入ったって、どうせ遊びだったんじゃないの?」

アザナルは肩をすくめた。

「あいつ曰く、『神さまが一向に返事をしてくれないから、天意をはかるためにテネブラエにもあたしたちにも平等に力を貸した』って言ってたわ」

「闇現れるところに光必ず現れん、ですね。セシルさんは信仰的な問題を抱えていたのでしょうか」

レティシアが言う。

(セシルが知りたかったのは、『この世に正義はあるのか』だ……あれは世界を相手にした賭けだったんだ。悲惨な幼少期を送って、不条理な世界に怒っていたーーだから、キアラって勇者の登場で、セシルは救われたと思ってたんだけどな)

「ん? どうした?」

キアラがハルカの視線に気付いた。

「いや、セシルはどうしてあんなに……渇いてしまったんだろうと思ってーー」

「そうだな、ここ数年はいつも死に場所を探してるみたいな感じだった。だから無茶ばかりして。なんかの役に立って死んだらそれでいいってよく言ってた」

キアラが友として彼を心配して心を傷めていたのが分かる。

「なんだそりゃ。ジジイか?」

イーディスが言った。キアラは苦笑する。

「ジジイっていうか……そうじゃなけりゃいつも何か探してたな。魔霧ミストの事件まで顔を見ることもほとんどなかったぜ」

「ハーン。まあよくわかんねえが、王家は奴を助けたい、ハルカもあいつを助けたい。俺様はハルカに約束したからな、もちろんハルカを助けるぜ。それが騎士の誇りってもんだ。ここはお貴族さまばっかりでホンモノの騎士なんかいねえけどな。いいか、これが騎士道だ。で、どうする、モンティ」

「モンド! 騎士さまボクの名前覚えて!」

「うーん、約束できん。俺様の頭にも容量ってものがある」

「ぐぬぬ……」

「お兄様、これは王家やイスカゼーレ家の弱みを握るチャンスですわ! ぜひとも協力いたしましょう!」

「そうか、よかった」

キアラが眉を開く。ーーが。アンディが人差し指をピンと立てて、

「ですが、条件がありますの」

「な、なんだろう?」

キアラが冷や汗をかきながらアザナルのほうを見る。

「イスカゼーレ! あなたたちならあたくしたちの財政状況ぐらいお分かりね」

「ええ、まあ」

アザナルが無表情で頷く。

「というわけで、モンド家は、お金がないと動きませーん! さ、ささ! いくら出しますの? 交渉と参りましょう! うふふ!」

「言ったろ、スループレイナは女が強いって」

スコッティがモンドに向かって言ったのだった。


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