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Knight and Mist第三章-8騎士誕生

「こっちだ! こっちにエルフの工房がある!」

気づけば館にまで炎が迫っている。煙の中をスループレイナの貴族が先導し、ハルカとセシルは走っていた。

はじめての戦場、この世界に放り出されたときのあの光景を思い出す。

いつの間にか周囲はエルフだけではなく、鎧を身につけた人間たちがたくさん現れていた。

彼らがいたるところに火をつけてまわっているのだ。

走っているうちに、エルフの死体と、その倍以上の人間の死体を見た。

ハルカはよろめいて、セシルが後ろから支えた。

「もう遅い。今は剣のことに集中して」

「でも、スコッティは!?」

ハルカは半ばパニックになりながら叫んだ。

「彼は優秀な剣士です。それにエルフからも信頼されていた。おそらくともに戦っているでしょう。言ったでしょう、彼らの国はまだエルフと交流がある、と」

ハルカが納得していないのを見て、スループレイナの貴族が言った。

「ボクもそこのお兄さんもスループレイナ人! ここじゃ余所者! スコッティとかいうやつは地元の人間だろ? エルフも地元の人間のほうが信頼しやすいってわけ!」

「リルさんやレティシアさんがエルフの森を護っていましたから」

ーーん?

ハルカは走りながら、嫌な予感を覚えた。

「ちょっと待って。レティシアたちが森を護ってて、でも《死神》がここにいるってことはーーリルさんやレティシアもやられてるかもしれないってこと!?」

「話はあとだよ!」

貴族の男が言った。

一度案内されたはずの館は、今や曲がりくねった複雑な回廊と化していた。

貴族の男は正確にその道を走り抜け、中庭に出た。中庭の彫像は勇敢な騎士の姿。剣を振り上げている勇ましい姿だ。

その奥の通路に、古びた木の扉があった。

「ここだ!」

ーーと、そこに矢が降りかかる。

それをセシルがマントで払う。

「敵襲ですね。モンドさん、あなた戦えるんですか?」

「バカ言うなよ。モンロー家の跡取り息子だぞ。王立魔導院の学長はボクなんだぞ」

「ハッ、教えるだけならスニーキングするだけの《技術》魔導の魔導士でもできるでしょうが!」

「ボクの得意魔導をバカにするなよ! さっきあんな怪物男の不意をつけたのだって《技術》魔導のおかげだぞ!」

「ちょっと待って、二人とも知り合いなの!?」

言い合う二人ーーセシルは貴族の男をモンド、と呼んでいたーーのあいだにハルカが割って入った。

「「話はあと!!」」

二人がハモって怒鳴った。

「チッ、ボンクラとハモるとか僕としては最悪の失態……」

セシルがなんか言ってる。

そこにちょうどよく、バタバタと鎧姿の人間たちが到着した。その数、ざっと十人ちょっと。

盗賊たちなどとは比べ物にならない練度のはずだ。

セシルがまず何か唱えた。

『《黒霞》(ヘイズ)!!』

「わ、わわっ!」

「なんだ!?」

「魔導だ!」

黒い霧に一帯が包まれ、兵士たちが口々に喚く。

ハルカの周囲も何も見えない状態だ。数センチ先はすでに闇。

「ぐぁっ!」

「ぐぇっ……ゴフッ」

四方からくぐもった叫び声が聞こえる。味方側の魔導でなければ完全にホラーだ。

『《鏡》(ミラージュ)!』

闇の向こうで、モンドが唱えるのが聞こえた。すると、矢が降って来なくなった。

「今のうちに、こっちへ!」

モンドが言う。

「セシルは!?」

「あの人のほうが戦うの向いてそうだし、ボクたちははやくグリフォンの剣を取ってとっとと逃げよう! こういうのは逃げるが勝ち! キミはこの剣を取りにここまで来たんだろう?」

真っ暗闇の向こう側からモンドの声が聞こえる。

「剣を取りに来たって、それはーー」

厳密には違うが、今は説明している暇などない。

ハルカは真っ暗闇の中を声を頼りに進み、モンドと合流した。

「この中に例の剣があるはずだ……」

扉の辺りはギリギリ薄闇で見渡せるが、煙がひどかった。

早くしないと火の手がまわり、剣を取れなくなる。

モンドは体当たりして例の扉を開けようとした。

ーーそして見事に吹っ飛んだ。

扉の方が強かったようだ。

「くくぅっ、鍵がかかってるぅっ! でもボクなら大丈夫! なんたって《技術》魔導の第一人者だもんね!」

モンドはガバッと立ち上がり、

『《開錠》(アンロック)』

呪文を唱え、再び扉に体当たり。

しかし、モンドはまたしても吹っ飛んだ。

ハルカが扉に駆け寄り手をかけると、扉はすんなり開いた。

「あっ、それ人限定のシールドかーー」

モンドの声。

「そんなのも見破れないなんて恥ずかしいですね!」

どこかから聞こえてくるセシルの罵声。セシルはこの暗闇でも見えているのか、確実に人を減らしていっている。

「言っとくけど矢の心配がないのはボクのおかげだからな! それにここにたどり着けたのだって!」

「それはモンドさんがエルフの地図を持っているからでしょ!」

「ボクがキミにポーカーで勝ったからだろう!」

「ポーカーには僕が勝ちましたー! 身ぐるみ剥がされたの忘れたんですかー!?」

「ボクにエルフの地図っていうすげえアーティファクトとられたくせに負け惜しみだなー!」

「盗人猛々しいとはこのことですね! 良いとこの坊ちゃんがそれとは情けない!」

戦闘中だというのに口論しているモンドとセシル。

ーーというかセシル、エルフの地図持ってたんかい。そして盗まれてたんかい。

ハルカは心のなかでツッコミながら部屋をぐるっと見回した。

煙が目に沁みる。

「いったいどこにーーゴフッゲフッ」

口元を袖で覆って、煙を吸い込まないようにする。

火の炉に、剣を鍛えるハンマーの置かれた台。

ここで間違いないだろう。焦っているせいもあり、肝心のグリフォンの剣が見つからない。

『《爆発》(エクスプロージョン)!!』

背後で爆音が聞こえ、思わず身をすくませる。魔導を放ったのはセシルだ。

キーンという耳鳴りのあとに、それから剣戟の音がした。

剣戟ということは、闇が消えたのだろうか。

どうやら時間はなさそうだ。

深呼吸して、あらためて探す。

煙がいよいよすごいので、這うようにして部屋を見て回る。

そして、作業台の陰に落ちている抜き身の剣を見つけた。

装飾も美しく、不思議な輝きを持っていた。

そこでハルカはあることに気づいてパニックになる。

「これってグリフォンの剣!? エルフのべつの剣!?」

「なんでもいいです、それ持って出てきてください!」

セシルの声。

一瞬のあとに、ザシュッという音。

いっとき、静けさがおりる。パチパチという炎のまわる音だけだ。どうやら敵はセシルがあらかたやっつけたらしい。

ハルカが少し安心して部屋をあとにしようとしたときだ。

「ダメ! 今出てきたらダメ!」

モンドの鋭い静止する声に、手を止めるハルカ。

そこに不気味な羽音が響いた。怪物の轟く声。

それから、ガチャガチャという複数の足音。さっきよりも断然数が多い。

「新手です! 僕が食い止めますので、モンドさんはそいつよろしく!」

「えっ、もう香辛料ないよ!?」

「二度も同じ手が通じるか、阿呆が」

この声は《死神》だ。

「皆ここで死んでもらう。魔導王国スループレイナは死に絶え、帝国がすべての大陸の覇権を握るのだ」

それから異音を耳にした。

まるでショットガンの音のようだ。

ダーン、ガッシャン。

ハルカが顔を覗かせると、大勢の銃を持った兵士と戦うセシルが見えた。

モンドが何かしらの援護をセシルに加えようとしているようだが、《死神》との睨み合いでその隙はなかった。

「お得意の魔導は!? お前大魔導士だろう!?」

「そんな……余裕が、ありますかっ!!」

さすがのセシルも銃弾を避けながら戦うので精一杯なようだ。

たしかに彼の魔導の腕なら全員やれてしまうはずである。

「モンドさんこそ、何か、ないんですかっ!?」

「こっちだって詠唱なんか始めてみろ、グサってくるぞ!?」

「ククク、よく分かっているようだな」

《死神》は嗤い、そして手下たちに指示を出した。

「強銃兵たちよ、その男は放っておき娘のほうを捕らえよ」

「……クッ、そうはさせますかっ!」

セシルは両手にダガーを持ち、回転するようにして、《死神》の指示により方向を変えた二人の喉元を掻っ捌く。

『堕炎(ダークフレイム)!』

残りを闇魔導で吹き飛ばすーーが、詠唱が不完全で致命傷にはいたらない。

すぐにまたセシルへの激しい銃撃が始まった。

「ーーハルカ危ないっ!!」

セシルの声で首をすくめると、間近に銃弾が飛んできた。ギリギリ当たらないで済んだ。

慌てて部屋に引っ込むハルカ。

「ふむーーまあいい。時間の問題だ」

一方でモンドは死の槍を突きつけられていた。

「先程はよくもやってくれたな……コソ泥風情が」

「コソ泥じゃないぞ! どっちかと言うとギャンブル中毒のアル中だ!」

モンドが震える声で叫ぶ。ちょっと何言ってるか分からないが。

セシルは釘付け、モンドは生命の危機、ハルカは部屋から出られない上に、どんどん火の手がまわっている。こちらも生命の危機。

これぞ大ピンチ。

ハルカは剣を見つめた。

(これがグリフォンの剣で、なんらかの魔剣とか聖剣ならーー!)

ハルカは意を決し、扉を開け放ちーー

「あっ、ダメそれ! 待って!」

モンドの静止を振り切り、《死神》に斬りかかろうとしたーーが。

「えっ……?」

ポタリ、ポタリ。

地に滴る赤いしずく。

胸のあたりに打撃を受けたような痛み。

「このっ!」

モンドの声。

「ハルカ!!」

セシルの声。

一瞬、視界がぐるぐる回りーー

ドサッ。

全身を石畳に強く打ち付けられる。

「ゴフッーー」

鉄の塊のような熱いものがこみあげてくる。

ボヤけた傾く視界に赤い血溜まりが広がる。

「ーーハルカ!!」

もう一度セシルの悲鳴のような声がした。

短い剣戟の音、それからたくさんの発砲音。

何か金属質のものが折れる音。

空を切る音ともに、ハルカのそばに折れたダガーの先が突き立った。

「グッ……」

くぐもった声が聞こえ、誰かがハルカのそばに駆け寄ってくる。

歪んだ視界に膝が見える。新たに血溜まりができる。

(これはーー)

「おい、大丈夫かい!? ーークッ、《鏡》(ミラージュ)!!」

立て続けに発砲音がし、しかし叫び声をあげたのは兵隊のほうだ。

ハルカは黒い槍に胸を貫かれ、地面に倒れていた。

その横で銃弾を受けたセシルが、慌てて何かを唱えている。

白い光がセシルの手から出る。温かさが伝わり、痛みが少し引くーーと、同時に足先から冷たさが伝わってくる。

(私、死ぬのーー?)

ハルカが思ったとき、

重たい鎧の耳障りな足音。

突きつけられる槍。

「ゲームオーバーだ」

死刑宣告のように《死神》が言ったときだった。

突然、空が轟音をあげた。

「雷(いかづち)よ」

静かな声が響きーー

ドーン、と地面が揺れる。

「ここは引き受けます。人間たちよ、必ずその者を助けなさい」

「我にまかせよ、グレートマザー! 森を穢し、エルフを惨殺しおった怨敵よ!」

シルディアの声だ。

「やはり人間たちは不吉だったではないか!」

エルフたちの怨嗟の声が聞こえた。

「鎮まれ」

それらをグレートマザーが一喝する。

先程の雷撃で《死神》が怯んでいるうちに、グレートマザーが早口で告げた。

「短命の者よ、善と悪を併せ持つ者たちよ。そなたらの国を救うため、世界が霧に飲み込まれないためーーその剣をもって、混迷から世界を救いなさい」

ハルカの目に白銀のエルフの凛とした姿が映りーー


ーーそしてすべてが暗転した。


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