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Knight and Mist第九章-1 スループレイナ王国の歴史 前編

「ことの始まりは、ガイア派の弾圧からだーー」

重々しく語りはじめたのはモンド・デ=ラ=モンロー。

王立魔導院で官僚を育成する旧家、その宮殿で、ハルカたちは王家の歴史を、ひいてはセシルの囚われた異端審問院とはなんなのかを聞いていた。

豪奢ごうしゃな部屋にいるのはハルカ、イーディス、モンドの妹アンディ、アザナル、キアラ、キラキラマントのクールシトラス、語っているモンドもキラキラマント、そしてスコッティとカーテンの後ろにレティシアだ。

アザナルは王家の代理としてここにいるので、スループレイナを統べる者すべてがこの場にいることとなる。

余所者よそものはハルカと、デシール王国のイーディス、スループレイナとデシールのあいだに領地を持つレティシア、エルフの祝福を受けたスコッティ。

なかなかに錚々そうそうたるメンツだ。

ハルカは突如慌てたように立ち上がった。

「ちょい待った、ストップ! それ書くから、忘れないように! なんか書くものと書かれるものちょうだい!」

「書くものと書かれるもの? 紙とペン?」

眉間に皺を寄せ、スコッティが尋ねた。

「そう、それ! なんで気づかなかったのかしら、今見てるすべて、記録しなくちゃいけないのに!」

「なんでまた?」

召使いから羊皮紙ようひしと羽ペンを渡されて、大急ぎで何かを書きつけるハルカをみんな不審そうに見る。

「あ、私のことは気にしないで! 書いてるだけだから! だってほら、いつか私がもしかしたらもとの世界にもどるでしょ、そのときにこれ書かなきゃ! 体験したことぜんぶ! あ、プライバシーが気になるなら、それぞれ特定できないようにちょっと改変するから安心して!」

「今までで一番何言っているのか分からない」

イーディスに真顔で言われるも、ハルカはお構いなしにペンを走らせる。額を何度か手の平で叩く。

(どうして気づかなかったの、こんなすごい体験してるのにーー! 日記だけでも価値があるわ、いつか何か書けるじゃない! いやもう書いてる! 書いてるも同然!)

「ゴホン。もういいかい、ハルカちゃん」

「アッハイつづけてつづけて!」

話しはじめていいか尋ねるモンドに、ガリガリ書きながらハルカが言った。

モンドがそれではあらためて、と息を吸った。

「ことの起こりはガイア派の弾圧だ。その頃の王家は形骸化していて、有力者との婚姻が絶対条件だった。にもかかわらず、あろうことか王が市井の娘と恋に落ちた。みんなその娘は正妃にはならないと思ったが、なってしまったのさ。それは彼が偉大なる王、アレクサンドルだったからだ。彼はいくさの天才だった。たちまちに領土は広がり、宮廷で権力をほしいままにしていたガイア派と呼ばれる僧侶たちを一掃した。王家は魔導を司るクガ七大神からお告げを得る巫女の一族だ。クガ文明の後継の国であるスループレイナにとって七大神はとても大切だ。七大神が我々に魔導を授けてくれる。だがあの頃は、ガイア派と呼ばれる、この世界そのものを神だと呼ぶ一派が権力を握ってしまってね。とにかくその一派を宮廷から追い出して王家は権威を取り戻したんだ。その頃には王家に庶民の血を入れたことを疑問視する声もなかった」

「だけどその栄光は長く続かなかった」

アザナルが話しはじめた。

「アレクサンドルは若くして病死してしまったの。アレクサンドルを失った政治はすぐに混乱した。急速に広まった領土と、それまでの政治を支えたガイア派の僧侶を排斥はいせきしたことによってね。王家の求心力も急速に弱まった。なにせ庶民の娘の、その子どもが幼くして王位についたのよ。そのころとりわけ勢力を持っていたのが執政官一派。彼はアレクサンドルの叔父で、庶民の血が入った女王のことを認めていなかった。そして女王がまだ15とか16のとき、正式に女王となる直前、後見人でもあった執政官がとうとう謀反を起こした。そのとき、あたしの両親が女王様とその兄を都から逃がしたの。結果、執政官が一時権力を握った。彼は極端な人だったから、さらなる弾圧をおこなったわ。すべては王家の権威のため。だけどスループレイナは内戦寸前でぐちゃぐちゃになってしまった。執政官は異端審問院をつくり、ガイア派を徹底的に弾圧したわ。もう二度と彼らが政治に関わらないようにね。ガイア派への弾圧は苛烈なものだった。教会は焼かれ、書物も焼かれ全てが禁止された。めちゃくちゃよ。今でもあちこちにそのときの遺跡が残ってるわ」

「そのあとはみんな知ってるだろ。魔王が現れ、俺の村出身の勇者が魔王を倒した!」

キアラが目を輝かせて言った。本人が魔王を倒した勇者になった今も、心から尊敬する人らしい。

「それだけの血が流れ恨みが出れば、魔王も現れるだろうよ」

スコッティが言った。

「でも神は、闇現れるとき、必ず光も用意してくださいます」

カーテンの後ろからレティシアの声。

「そう。おかげで、魔王も倒し、謀反もおさめ、そして勇者は女王さまと結婚して王となった。その後もいろいろあったけどーー」

「その間留守を守り続けたボクらは完全に蚊帳の外さ。それでボクたちは没落したのさ」

アザナルの言葉に、モンドが自嘲気味に言った。

アザナルは肩をすくめた。

「そこはみんな感謝してるわよ。あんたらは混乱に動じず、ずーっと魔導院ひいては魔導師を守っててくれたからね」

「魔導師はスループレイナがスループレイナである根本。守るのは当然のことですわ。納得いかないのは、なんであたくしたちが政治の外に置かれて、財産的にもピンチなのかってところなのよ!」

アンディが言った。

「それはどっかのボンクラがアル中でギャンブル中毒だからーー」

アザナルがモンドを見て、アンディの眉がつりあがり鬼の形相になる。

そこに割って入るクール・シトラス。

「ああ、わがきみ。すべてはわたしがわるいのです!」

「だまらっしゃい! あんたはお兄様に付き合ってただけでしょ!」

ベチーンと頬をひっぱたかれるクール・シトラス。

「ああっ! クール・シトラス! またボクのために身代わりになってしまって! ボクはなんて情けない男なんだ!」

「いいんです、モンド様!」

白い歯を光らせサムズアップするクール・シトラス。

「なるほど、これがご褒美か」

イーディスが愉快げに言った。


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