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Knight and Mist第三章-7 大いなるもの

グレートマザーにグリフォンの羽根をあずけ。

不安な気持ちのまま一夜明けて。

ハルカたちは素晴らしい朝食を振る舞われたあと、エルフたちに囲まれて、例の大樹のある広場に集まっていた。

緊張感ただよう空気。

とげとげしい視線と、ハラハラ見守る視線がエルフたちのあいだで行き交う。

特にヒッポグリフを盗もうとしたスループレイナの貴族が出てきたときは、一層とげとげしいものとなった。

だが敵視されているのは彼だけでない。

長老はゆったりとかまえてはいるものの、そういうエルフは少数だ。

エルフは根本的にヒトが嫌いなんだとハルカは感じた。

そこにグレートマザー《白銀の海》ラメールがやってきた。

ハルカは言葉を発することもできず、固唾を飲んで場を見守る。

「神とはあなた方の似姿。善も悪もない。大いなるシステム、それだけが変わらぬ真実。善と悪があり、バランスの保たれること。それを体現した者がそなたら、短命の者たち、人間。人間は大いなるものとたやすく切り離され、路頭に迷い、己の陰を神と見いなす」

ラメールが静かに言った。

「ここに集まる四人のマレビトよ、パンを分け合い食べなさい」

そう言って、ラメールはパンをちぎってハルカ、セシル、スコッティ、そしてヒッポグリフを盗もうとした貴族に手渡した。

「これはあなたがたの神ではありません。人間には見えないものによる、大きな神秘の一部です。これにエルフたちも異論を唱えることは許されません。調和を乱します」

「これを食べたら……最悪死ぬとか、そういうことでしょうか?」

ハルカがビビりながら手渡されたパンを見た。

見た目には普通のパンである。

「これがちちうえの裁定である!」

長老の娘、シルディアが高らかに言った。

エルフたちは裁定を見定めようとしているようだ。ここでパンを食べない、という選択肢はない。拒否ったら殺されそうだ。

「シルディア、長老の娘。大いなるものは裁定しない。裁定するのは己自身、己の陰。よく覚えておきなさい」

ラメールが注意し、シルディアが少しショボンとなる。

「はい、グレートマザー」

「では、皆さん、パンを」

そのときだ。

ヒッポグリフのいななきが遠くから響き渡って聞こえた。

ハルカには反響してどこから聞こえたのか分からなかった。

エルフたちが一斉に同じ方向を見て、そして血相を変えた。

何が起こるか分かるまえに、セシルがハルカをかばうようにして手を引き、走り出した。

「な、何があったの!?」

言ったところで、ハルカにも何が起きたかが分かった。

「森が! 森が燃えている!」

「ブラム、戦える者を連れて行きなさい! シルディアはここで大樹を護って」

「グレートマザーは!?」

「被害を食い止めます!」

エルフたちが口々に叫んだり、号令を出したりしている間に、エルフのあいだをぬって館を飛び出す。

振り返ると、黒い煙があがっていた。

「ーーっ、まずい!」

セシルが言い、ハルカに体当たりするようにして横に転がる。

ーードス、ドス。

大きな獣の足音。ハルカがさっきまでいた場所には禍々しい槍が突き立っていた。

「帝国のナンバーワンですね、エルフの禁域を侵して、ただで済むとでも?」

セシルが空から現れた不吉な陰に声をかけた。

ハルカはその人物に見覚えがあった。

「《死神》ーー!?」

たしか、ハルカが目覚めた戦場でイーディスと戦っていたやつだ。

セシルの背中越しに見ると、黒い炎の塊が蠢いているように見えた。

甲冑の上から黒いマントを羽織り、不気味な怪物に騎乗している。羽根が4枚あるトカゲのような怪物だ。

空から奇襲をかけてきたのを、セシルが間一髪で助けてくれたようだ。

「またもや人間! 何の用だーーっぐわっ!!」

飛び出てきたエルフが、黒き禍々しい槍にて突き刺され、宙につりあげられ、放り捨てられる。

ドサッ、という音。

流れ出る血。

「ほう……エルフの血も赤いのだな」

興味深げに《死神》が言った。

「な、なんでこんなことを!」

ハルカが呆然とエルフの方へ駆け寄ろうとする。それをセシルが強引に止めた。頭を下げさせられ、セシルのマントの中に入れられる。

「何がーーっ」

言い切る前に、風を切る音がいくつも聞こえる。それからパキッパキッと乾いた何かの砕ける音。

いくつかはセシルたちのほうへ飛んできて、セシルが手で払う。

「エルフの矢です。このままだと流れ矢に当たる。移動しましょう! 腰を低くしてついてきてください!」

セシルが言ったときだ。

《死神》がハルカたちの進もうとする方向へ槍を突き立てた。

目の前で滴り落ちる、血。

「逃がすわけにはいかない。イスカゼーレの飼い犬」

「いえいえー、僕はただの通りすがりのイケメンのお兄さんです」

セシルが場違いな笑みで手をパタパタ降りつつ、

「ちっ、ここは戦うほかないですね」

めちゃくちゃ舌打ちした。

そして口の中で何かを唱え出しーー

ーーと、そのときだ。

「ぐわあぁあっ!!」

《死神》の轟くような咆哮が聞こえた。

「こっちだ! 今のうちに!」

それは、スループレイナの貴族の男だった。手には袋が握られている。

「安く買った香辛料を顔にお見舞いしてやったのさ! 激辛だ! さ、今のうちに! わっ、わわっ! エルフたち、ボクたちまで巻き込むつもりかよ!?」

文句を言いながら、頭を覆ってしゃがみこむ。

「さ、はやく! グリフォンの剣を取りに行くぞ!」

ハルカとセシルは顔を見合わせた。

どちらからともなく、スループレイナの貴族のほうへと走り出した。

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