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Knight & Mist 一章-2 戦場2

 瞬間、遥香はとっさに目を閉じた。

 ーー殺される……!!

 身の毛のよだつような恐怖の予感に突き上げられるようだった。

 が、体は頑として動かない。

「テメーの望んだ戦場で、ただ固まってるだけなんてな」

 哀れみとも蔑みともつかない言葉でイーディスが言った。

 そして、

「あばよ。戦うことも逃げることもできねー無能なその他大勢さんよ」

 イーディスは持っている剣を大上段に構えーー

 ーーと、そこに。

 パカラ、パカラ。

 重い蹄の音とともに見上げるような黒い馬と、それにまたがった黒い騎士が現れた。

「この蛮行はお前の仕業か、"赤狗あかいぬ"」

  黒騎士が兜の下から言った。

 イーディスは構えをとき、重たいその剣を背に負い、不敵に笑んだ。

「ホンモノの戦士サマのご登場か。ここは傭兵ばかりで飽き飽きしてたんだよ」

「奇襲作戦、まずまずと言いたいところだが、わたしが来たからには撤退してもらう」

「ハン、てめーを遣わすたあお前んとこもいよいよ人材不足だな、"死神"」

 軽口のように言うが、イーディスに先ほどまでの余裕はない。

 それほどまでの圧倒的な存在感が"死神"と呼ばれた男にはあった。

「残念だがここまでだ。散々領地を荒らしてくれた礼をせねばならん」

 死神は重そうなマントから、一際禍々しく輝く黒い槍を取り出した。

「フン、上等だ。お前の首を持ち帰ればいよいよ俺たちの勝利も近いってわけだ」

 イーディスが剣を構えなおす。

 まさに一触即発。遥香の存在は完全に忘れられているようだった。

 その異様さ、その空気にのまれ、遥香はそばにあった岩陰に隠れ、気配を消そうと努力するほかなかった。

(どうか気づかれませんように、どうか気づかれませんように……)

 二人の戦士の様子を食い入るように見つめていると、突然、背後から肘の辺りをツンツンと引っ張られた。

「動けますか」

 気遣うような少女のひそひそ声。

 気づけば隣に金髪美少女が背を屈めて遥香の横にいた。中世の村娘といったふうのいでたちだ。

 戦場にあって煤で汚れておらず、凛としたたたずまいで遥香を見つめている。

 その目は月をも映し出すような蒼。

 彼女は声を落とし、早口で言った。

「私の名前はレティシア。あなたを近くの砦にまで連れて行き保護します。ここは危険です。一刻もはやくーー」

 なぜ、あなたは、ここはどこ、何を問う間もなかった。

 レティシアが言い終わらないうちに轟音が鳴り響き、炎の残滓が頬を焼いた。

 と思ったら、体ごと衝撃で吹っ飛ばされ、宙に浮く感覚。

 あの全身が叩きつけられる痛みが脳裏をよぎる。

 上顎と下顎がぶつかって歯同士がガツンとなる、そんな衝撃に備えようとした。

「ーーーーーーー!?」

 しかし、一向にその衝撃はやって来ない。

 かわりに受け止めたのは柔らかい体だった。

 目を開けてみると、レティシアが遥香を担いでいた。

「少し走ります!」

 レティシアと名乗った少女が遥香を受け止め、なんとそのまま走り出したのだ。

「あの二人は国士無双。ぶつかれば必定、まわりが迷惑被ります! あの距離ではあなたは木っ端微塵でしょう!」

 レティシアが走りながら説明する。

 その間にも余波のような衝撃波がこちらにやってきている。

『風よ!』

 レティシアが手を掲げ叫ぶと、その衝撃波は散り散りに砕けちり、遥香たちの周囲の地面をえぐった。

「今のうちに逃げます。予言の使者をここでみすみす失うわけには参りません。いきますよ!」

「あ、待ちやがれ、この……!」

 イーディスが気づいたようだった。

「逃げるなこの野郎!! テメーがこの戦場を望んで選んだんだ! それを忘れるな!」

 イーディスが遥香に叫んだ。

「よそ見している暇があるのか、赤狗」

 すかさず死神の槍がイーディスをかすめる。

レティシアは歯噛みして、

「気づかれましたか。ーーーー地よ」

 さっと自らの足に触れる。

すると、戦場がみるみる遠ざかっていく。

 そしてあっという間に見えなくなり、森の中にあがる煙しか遥香からは見えなくなった。

 そうこうしているうちに、遥香は意識を手放した。

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