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Knight and Mist 一章-5 礼拝堂

そこは静謐さが支配する場所だった。

キャンドルが無数に灯り、ゆらゆらと光が揺れている。

外からは隔絶され、ひんやりとした空気があたりを支配する。

石造の建物特有のにおいがする。

薄明かりがステンドグラスを通じて僅かにその聖堂を照らし出す。

案内されたのは、そんなところだった。

祭壇のある場所に、真っ白な人影があった。

白い翼のようなマントを羽織り、天井を見上げている。

天井は高く薄暗い。

しかしそこだけは舞台照明かのように白い翼の人を照らし出していた。

細身で、どこか折れそうな印象の人だった。

光によって髪が黄金色に光っていた。

「天使……?」

遥香は思わずつぶやいた。遂に死んだかと思ったのだ。

「ここは祈りの場所」

静かに白い人が言った。女性の声だった。

「あなたはなぜ戦場を望むのか」

遥香は質問の意図が汲めず、首を傾げた。

「わたしは戦場なんて望んでない」

そう言いつつも、紅の炎、女騎士イーディスが口にした言葉を思い出した。

ーーテメーが望んで選んだ戦場だ!

ゆっくりと白い女性が振り向き、言った。

「私の名前はリリー・ホワイト。人からはリルと呼ばれているわ。あなたは?」

「わたしは……」

今度こそ自己紹介をしろという意味だろう、と遥香は思った。

「わたしは浅霧遥香。あの、ここどこですか?」

「姉さん」

遥香の言葉に割って入ったのはレティシアだ。

彼女はカツカツと姉のリルに近寄り、何事か耳打ちした。

無表情のリルが、大きな例の羽を見るなり驚いた顔を見せた。

「……たしかなのね?」

「ええ、そう思います」

二人は遥香の方を見ながら話している。

しばらく二人は話し込んだあと、リルが遥香を呼んだ。

「アサギリ・ハルカ。よく命を落とさずここまで来た。この羽はあなたのもの。これを持って、エルフを訪ねなさい」

「エルフ? エルフってあの、ファンタジーでよく見るあの?」

リルは少し怪訝そうな顔をした。

「エルフはほとんど人間と会わないけれど、これがあれば別だわ。これを見せて、尋ねてきなさい」

リルは大切なものを渡すように遥香の手に羽を載せた。

リル・ホワイトはまた天を見上げた。

「私は聖騎士《パラディン》。わたしの妹レティシアは神の声を聴く者。私の剣は正義を成すためにある。そのためにあなたに訊ねないといけないことがある」

真っ白な彼女は、清廉さを集めて光にしたような細身の剣を引き抜いた。

「ことと次第によっては、死んでもらわなければなりません」

ーー沈黙。

それから剣をしまい、

「しかしそのためにはエルフの長老の意見が必要だわ。私一人では決められない」

「グリフォンが現れたから?」

これにはレティシアが答えた。

「グリフォンはエルフ同様滅多に人前に姿を見せません。何かのメッセージだと思います」

「グリフォンとエルフは何か関係があるの?」

「直接はないでしょう。ですが、エルフは世界のバランスをよく見ています。幻獣が現れたワケも知っているかもしれません」

「伝説には」

リルが言った。

「グリフォンの羽で剣が造られるらしい。その技術を持つのはエルフだけ」

「つまりこの羽は、剣かもしれないってこと?」

「それが分かるのはエルフだけ」

リルはレティシアに目配せした。

「明朝立て。準備はこちらでしよう。護衛もつける」

「レティシアは?」

遥香はレティシアとリルを交互に見た。

「レティシアはここで用がある」

「姉さん、彼女を……ハルカを誰に任せるつもりですか?」

レティシアが訊ねる。リルは一瞬考えたあと、ニヤリとした。

「近衛隊長を。あとは地下牢のあいつが適任かもね」

レティシアが呆れた顔をした。

「地下牢のあいつって……仮にも彼は客人ですよ? これを機に追い払おうって魂胆じゃないですよね」

「悪い? あいつならエルフにも詳しいでしょ」

リルが悪びれずに言い、レティシアは顔をしかめた。

「むむむ。でもまあ、近衛隊長のスコッティ・プレスコットがついていくのなら、まあ、大丈夫、かな…。」

レティシアは不安げだったが、それで決まりのようだ。

「レティシア。夕食がてら顔合わせさせておきなさい。場所は大広間を使っていい。スコッティに説明のほうも頼む」

「はい、姉さん。姉さんはどうするの?」

「少し幽鬼退治にいかなきゃならなさそう」

天井を見上げ、苦笑してリルが言った。

「今日はたくさん血が流れたからね。距離はじゅうぶんにあるけど、万一ってこともあるから。留守を頼むわ」

「分かりました。……さ、ハルカ。お腹すいてない? ごはんを食べにいきましょう! わたしそのあいだにいろいろ用を済ませてしまいますね」

「うん……そういえば、忘れてたけどお腹ぺこぺこだわ」

礼拝堂を扉の方へ向かって歩き出すハルカとレティシア。

レティシアは元気付けるように、

「お腹が減るのは良いことです! 栄養をつけて、しっかり明日に向けて準備しましょうね」

「うん。ありがとう、レティシア」

「いえ、それがわたしの役目ですから」

扉に手をかけたとき、ハルカはあらためて祭壇を振り返った。

そこには変わらず聖騎士が静かに佇んでいた。

「お姉さん、ありがとうございます、いろいろ」

天を見上げていたリルが少し柔らかな表情で微笑んだ。

「頑張って」

はじめは近寄り難い印象だったが、見た目と違い優しい人だな、とハルカは思った。

それから微笑み返し、ハルカは礼拝堂を出た。

次へ→1章-6 大広間

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