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Knight and Mist第八章-3 魔族

ーーひやり

不意に背筋から耳にかけて怖気が走る。周囲が嫌な空気に支配される。

ゾクっとする違和感。誰もいないはずなのに独りじゃない気がする気味の悪さ。

沈黙が耳鳴りのように感じられる。

バッと振り返るが、何もいない。

「俺がいたらまずいのかい?」

だしぬけに耳元で声がして、ビクッと振り返ると、すぐ横にユーウェインが立っていた。

藤色の髪の男で、柔和な雰囲気ではあるがこっちは正真正銘の魔族である。長身でマントを羽織っている。

気づけば周囲は真っ白。霧に包まれていた。

「ケッ、あの野郎逃げやがったな」

見れば、オーセンティックのいたところに小柄な少年がいた。犬歯が伸びていて、首輪をつけている。革のパンツを履いていてーーなんというか、パンクなファッションだ。

ユーウェインの落ち着いた雰囲気と違い、こちらは血気盛んな印象。

オーセンティックはどうやら、ユーウェインとこのもう一人の魔族の気配を感じて、退避した、といったところか。

「所詮、半端者風情ってこってすな」

少年が嫌悪感を込めてオーセンティックの消えた方を睨んでいる。

と、

「あれ、瘴気も恐怖も湧き起こらないはずなのに、変だな。アレの置き土産だろうか」

ハルカの手がガタガタ震えるので、ユーウェインが言った。少年が応ずる。

「魔に惹かれるニンゲンなんかに俺たち魔族の権能なんか渡すからこんなことになるんすよ!」

「クスッ、覚えておこう。今度ヘルマスターに会ったら伝えておくよ、ミカエルから苦言だ、ってね」

「ちょっ!? それはないでしょユーウェインさん!?」

ユーウェインの言葉に慌てるミカエルという魔族。

(この魔族大天使の名前を持つのね……)

などと思っていると、ユーウェインがハルカの手に手をそっと重ねた。

「じきにおさまる。アレの瘴気にあてられたんだ」

不覚にも少しドキッとする。悟られまいと顔を背けつつ、

「え、えっと。アレ……深峰戒もとい、オーセンティックのことね。オーセンティックって、何者なの?」

それに対して、狂ったようなけたたましい笑い声が返ってきた。ミカエルだ。

「なにが正真正銘オーセンティックだ! 笑わせるよなぁ!? 紛い物のくせにイッパシの魔族気取りやがって! 魔族は生まれたときから魔族だ。異世界のニンゲンだろうが、創世の神だろうが魔族としてはニセモノにすぎない。ですよね、ユーウェインさん?」

ユーウェインは苦笑した。

「それをやれると思う自負心、それは凄いと思うよ。俺らと肩を並べられると思い込んでいるんだから。せいぜい甘い夢を見るといい。真似をするのは自由さ」

ユーウェインもなかなかに辛辣である。

「あんなやつ、《ネームレス・ワン》から逃れるために魔族の権能を譲り受けたわけでしょ!? 存在証明に俺たちの権能が必要だなんてダッセーやつ」

「え、えーと」

「何かな、お嬢さん」

ユーウェインがにこやかに応じる。

「あの、あの人めちゃ偉そうに話してたけど……? 魔族じゃないの?」

おずおず言うハルカを指差して嬉しそうに叫ぶのはミカエルだ。

「これが正しい人間だ! 怯え、不思議がり、逃げたがり、識りたがる!」

「ーーなかには崇拝する者もいる。だから俺たちはこうして存在してる」

ユーウェインがたしなめるように言う。

「だからって普通憧れたり魔族になったりしますかねえ!? オレたちの苦労を知らないから憧れるんでしょ?」

ともかく魔族からはけちょんけちょんに言われているオーセンティック。

「そもそもあなたたちはどうしてここにいるの? 私をどうするつもり?」

「無論、助けに来たんだよ。ここはある種の特異点となっている。本当ははじめから出してあげるつもりだったんだが、邪魔が入ってしまってね」

「魔族がどうして私を助けるの?」

その問いにユーウェインはニッコリ答えた。

「人を助けるのに、理由がいるかい?」

「「魔族が人間を助けるときには理由がいると思います!!」」

奇しくも、ハルカとミカエルの叫びが重なったのだった。


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