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Knight and Mist 三章-1 エルフというもの

シルディアたちは、ハルカたちを"父上"のもとへーーエルフの村へ連れて行くのに、ヒッポグリフに乗せて連れて行くようだ。

シルディアいわく、

「人間は足が遅いし、足音が大きいし、調和を乱すことしかしない」

からだそうである。

ハルカはヒッポグリフを上から下まで眺めた。

グリフォンとそっくりだったが、グリフォンは鷲の頭に獅子の下半身、こちらは下半身が馬だ。

ヒッポグリフも何か感づいたようでハルカのことをじっと見つめていた。

布袋にしまってあるグリフォンの羽根が熱くなるような気がした。

「あまりヒッポグリフの目を見るのはよくないぞ、人間」

ぼうっとしていると、シルディアがヒッポグリフとハルカの間に割って入った。

「そなたが何を求めてここに来たのか我々は知っている。わざわざ迎えに出向いたら、狼藉者をついでに見つけたというわけよ」

シルディアが縛られて情けなさそうな格好の男に視線をやった。

「ヒッポグリフって、珍しいんですか?」

「多くの者にとっては、伝承の存在。だがエルフにとっては友だ。エルフの里には必ずいるから、我にとっては珍しくない……さ、乗りたまえ。女の人間、貴様は我のヒッポグリフ、テラちゃんに乗せてやろう」

シルディアがヒッポグリフ、テラちゃんにひょいっと跨りながら言った。

テラちゃんはなかなか大きいヒッポグリフだった。鞍などついていないし、あぶみもない。

どうやって乗ろうかまよいながら、ハルカはとりあえず礼を言い、名乗った。

「あ、ありがとうございます。わたしはハルカっていいます」

それを見てテラちゃんにまたがったシルディアは微笑んだ。その微笑みは幼女では決してない、深みを帯びていた。

「ハルカか。どこか懐かしい響きだの。……外は血生臭いだろう。幽鬼が漂い、怨念を喰ろうた動物が魔物と化しておる。この森には結界がはってあるが、いつまで世界の歪みに耐えられるか、正直言って分からぬのだ。ハルカ、我の手を掴め……うんしょ」

シルディアはちっちゃいおててを精一杯伸ばし、ハルカを馬上へ引き上げた。

驚くことに、彼女が手を握ったとたん重力が消えたかのように、ハルカの体がふわりと持ち上がった。

「我はハルカの持ってきたものを知っておる。だが最終的には、善いスピリットを持っているのかどうかが問題だ。それが分かるのはちちうえのところだ」

それぞれがヒッポグリフに乗り終え(一人につき一人のエルフがついた)、出発とあいなろうとしたときだ。

大きな獣が音を立てて現れた。あっという間にその獣が森中を揺るがすような雄叫びをあげ、ヒッポグリフの集団に突っ込んできた。

例えるならサイとバッファローを足して3倍くらいの大きさにしたものだ。

ハルカの目には重機が時速80キロでこちら目掛けて遮二無二走ってきているように見えた。

木々がなぎ倒される。

身構える暇も逃げることもできない。

事態を理解する時間さえなかった。

ドンっという音とともに誰かの体が宙をまった。

例のスループレイナの男だ。地面に転がった。

「ぶつかったの!?」

ハルカが叫ぶと、セシルが答えた。

「間一髪で避けてます! そこの人は落馬しただけーー」

「群れからはぐれたのか? バフバロが襲ってくるとは……エヴァンス、大丈夫か!?」

男を乗せていたエルフがヒッポグリフの上から答えた。

「ヒッポグリフが避けてくれました! 彼はその際振り落とされたようです! 姫さま、いかがいたしましょう!?」

「罪人とてちちうえのさばきにはかけねばならぬ。死なせるな!」

シルディアに割って入るように一人のエルフが言った。

「バフバロは豊かさの証! 不吉だ! 人間なんかを森に入れたからではないか! その男はそのまま死なせたらよい!」

そのエルフは一人だけべつのヒッポグリフに騎乗していた。彼は怯える他のエルフたちを見回し、言った。

「内心皆思っておる。口に出さないだけだ」

「ダメじゃ! それでこそ森の調和が乱れる。その男の行いこそ下劣だが、善いスピリットの持ち主なら生かしておかねばならぬ。森に侵入しただけで、まだ何もしてないしな!」

そこに、獣の咆哮が重なる。

「また突進しようとしてるっ……!」

ハルカが振り落とされないよう踏ん張りつつ、シルディアに警告した。

だがエルフたちは警告されずともあの大きな獣がいつ再び突進してくるか分かっているようだった。

とはいえいきりたつ重機のような獣の異様な様子に浮き足立つヒッポグリフ。テラちゃんは落ち着いているほうだが、それでもハルカからしたら大きく動いている。ふりおとされまいとなんとか踏ん張るハルカ。

シルディアが何か知らない言葉でテラちゃんをなだめたあと、手綱をハルカに渡し、シルディアは草むらへ降り立ち、男の元へまず向かった。

なにやら無事を確認したあと、それからバフバロのもとへゆっくり近づいていく。

「姫、危険です!」

「静かにしろ!」

シルディアが何かを言いながらバフバロに近づいてゆく。頭の中に寄生虫でも入っているかのように、その場で暴れ狂うバフバロ。しかしシルディアが近づくにつれ、それも大人しくなり……

「もう大丈夫じゃ。我らの森の庇護のもと、群れへとかえるがいい」

シルディアはそう言いながらバフバロを慈しむように撫でていた。バフバロはゆっくり、ドスン、ドスン、とハルカたちのところから森の奥へと消えていった。

ホッとした空気に包まれる。

エヴァンスと呼ばれたエルフが男を担ぎ上げ、ヒッポグリフに乗せる。意識を失ってはいるが、命に別状はないようだ。

それからが問題だった。

エルフたちがにわかに殺気立ったのだ。

「バフバロは何物も襲わない。悪いスピリットに憑かれたのだ。人間のせいに違いない」

一人だけでヒッポグリフに乗っていたエルフが再び言い出した。そのエルフは美しい金髪を長く伸ばして、榛色の瞳は鷹のように鋭かった。

彼は剣を抜いた。

「今すぐここで殺してしまおう」

持ち物や衣服からして、彼もエルフたちのリーダー格らしい。エルフたちは困惑した顔になった。

「だがブラム。人間を迎えるということはグレートマザーの預言で決まっていたことだ。それに逆らうのはまずいぞ」

エヴァンスが言い返した。

ハルカは不安になってセシルの方を見た。セシルは黙って状況を見ているようだ。彼の様子からすると、それほど切迫した状況ではなさそうだ。

スコッティの手は剣のつかにかけられている。いつでも戦闘体制に入れるように、だ。スコッティがセシルに(やるか?)と問う目線を送り、セシルは小さく首を横に振り、肩をすくめた。

しばらくのあいだ、人間を追い出すか、殺してしまうか、それとも村に連れて行くかで意見が分かれエルフたちの間で言い合いが続いた。

その間、シルディアは黙って聞いていた。

意見が出切った頃合いをみはからって、シルディアが言った。

「我はちちうえのさばきを受けさせるとやくそくした。我は約束を違えぬよ。たしかにバフバロはおかしかった。それもちちうえにおたずねしよう。ここで人間を殺しては、エルフが悪いスピリットに憑かれたことになる。恐怖はなにもうまないよ、ブラム」

その言葉はとても幼女が発したとは思えない威厳に満ちたものだった。

ブラムは不服そうに下を向いた。

シルディアの厳しい視線を受け、

「……ちっ」

舌打ちしながら剣を仕舞う。

その場の全員が臨戦態勢から気を抜いた状態になる。

エヴァンスがホッとした顔になった。

彼はいい人のようだ。スループレイナの男をシルディアが任せた理由が分かったような気がする。

「その男の具合はどうだ?」

シルディアに尋ねられ、エヴァンスは男の様子を見ながら、

「村に連れて行き治療を施せば大丈夫だと思う」

と言った。

「今に後悔するぞ」

ブラムはそう吐き捨て、ヒッポグリフを歩かせ始めた。

スコッティを乗せたヒッポグリフもあとにつづく。

ハルカはセシルと目を見合わせた。

離れた場所にいるので声が届かない。

「テラちゃん、あっちへ行ってくれない?」

ダメ元で声をかけるが、

「ぶひゅるるるん!」

と馬のいななきのような声が返ってきただけだった。

シルディアが戻ってきて、騎乗しながら笑った。

「テラちゃんは我のいうことしか聞かぬよ、ハルカ」


つづき エルフの里


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