Knight and Mist第四章-5 傷痕
大広間は聖堂とは別の建物にあった。
ハルカはセシルに手を引かれほてほてと歩いていく。頭痛は変わらずだが、なんとか歩くことはできるようだ。
不思議なのは胸にできているはずの大穴ーー槍が貫いた傷がまったく痛くないことだった。
痛いのは頭で、だるいだけ。傷を見てみたいが、そんな勇気はない。そこで、同じく怪我をしていたはずのセシルに聞いてみた。
「セシルは怪我、どうしたの?」
するとセシルは服を捲り上げ、腰骨あたりを見せてきた。
「珍しい傷跡なのでとっときました」
「とっておいた?」
意味がわからないことを言うので、ハルカは眉をひそめ聞き返した。
「呪いでもないかぎり回復魔導で傷痕も消せますよ。これは趣味です。ハルカの傷痕は消してしまいましたがーーもしかして残しておいてほしかったですか?」
「えっ、傷痕残したりして、痛くないの?」
「痛くない程度に。雨の日とかちょっとシクシクきますけどね。でもこない程度まで薄めちゃうと、面白くない傷痕になっちゃうんですよね」
「へ、変な趣味だね……」
「ほら、ハルカの傷。あれなかなかのものですよ。まずあそこにあの槍の攻撃を受けて生きているのがすごいです。とっておいてもよかったかなー。でもシルディアさんとレティシアさんに猛反対されてしまいまして」
「そらそーだろーよ、よほどのバカでなきゃ傷痕なんか残すか」
イーディスが話に入ってきた。
「でもどちらかと言うとあなたも傷痕残すほうでしょう?」
「まあ……こんだけでけえ傷負って生き抜いた! ってのはやっぱステータスだからな。でもそれより、俺のとこには傷痕綺麗さっぱり消す技術なんてもんがそもそもねえんだよ」
「まあ、そうですよねえ」
「おい、"今回の傷残したほうがよかったか?"とか聞くなよ。俺様は肝心なときに足引っ張るようなでかさの傷痕は残さねえからな」
「まあ、アナタも瀕死でしたからねえ……」
「え、もしかしてイーディスも《死神》の槍を受けたの?」
「そんなんで親近感わかすのやめてくれないか。ただ多勢に無勢だっただけだ」
イーディスが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「《死神》からは一撃もうけてねーよ。ヤツとやりあってる最中はザコもやってこれねーしな。問題はそのあとだ。《死神》を撃退してやったと思ったらーーまあ、いいだろ、この話は。やめやめ!!」
イーディスは話を一方的に打ち切り、大股で本館のほうへ歩いて行ってしまった。
「…………」
そして「で?」というセシルの問いかけるような視線。
「あのお、傷痕残したほうがよかった? みたいな目で見るのやめてくれないでしょーか」
「いやだって、騎士として初の負傷、その相手が《死神》ですよ? けっこう自慢になると思いますが」
「あっ、騎士で思い出した! グリフォンの剣はどうなってるの?」
「シルディアさんが預かっています。ちょっとした政治問題ですね。ハルカのものだから僕が預かろうとしたら、まあイーディスさんもホワイト姉妹も、果てはモンドさんにまで文句を言われましてね。それでどこが預かっても具合が悪いと言うことで、エルフであるシルディアさんのもとに」
「まあ、妥当ではあるね。とにかく剣が無事でよかった」
「折れてますけどね」
「えっ」
「まだ剣としては鍛えている最中だったようです。不完全なまま《死神》とぶつかったため折れたみたいです」
「あれ、じゃあセシルのダガーが折れたような気がしてたけど、あの金属音、私のだったの?」
「いや、僕のダガーも折れましたよ。まあ、さすがにその辺の安物で打ち合わせてくれるような相手ではありませんねー」
言って柄の部分を見せてくれる。
「あのー。安物っていうか"うぃるこっくすのみやげや"って書いてあるんだけど。なにこれ、お土産なの?」
ハルカが呆れて言うと、
「あー」
なんか分かったのか分からないのか変な顔でセシルが言った。頭をかきつつ、
「いつも適当なところで買うんで覚えてませんでした。剣の形してればなんでもいいんで。僕は騎士じゃないから、剣なんてなんでもいいんですよ……ん? ちょっと待ってください、これ買ったんじゃないな……」
「まさかの万引き!?」
「じゃなくて、いや、よく覚えてないな……まあともかく、分かってると思うけど僕もとは盗賊なんで」
「はあ、まあ」
「剣はその場にあるものを使うし、いいものだったら売り飛ばしちゃいますし。クガ時代のものやエルフの武器ならばコレクションもしますが……失礼」
言ってセシルはタバコのようなものを取り出し、火をつけた。
「こき使われたせいでさすがの僕も魔力が尽きかけですよ」
セシルがタバコを目線で指して言う。
「ちゃんとしたポーションがあれば良いのですが、こっちのほうが安いんですよ。いわゆる嗜好品のタバコじゃないのでそこは安心を」
「あ、そうなの。セシルのキャパを使い切るなんてなかなかだね」
セシルは苦い顔で首を横に振った。
「それはね、回復魔導を他人にかけるなんてことやったことがなかったのと、僕がわりと慌てていたのとでやらかしただけです」
「えっ、治療したことなかったの!?」
「え、だって僕にそんな必要が生まれる状況が起こりえますか? ないでしょ?」
「な、なんかごめんなさい……」
セシルはわりと万能なタイプ、と思っていたため不得意なことがあることが意外だったが、それをさせてしまったのは悪い気がした。
そうしたらセシルは頭をかきながら、
「いやまあ、誰が死にそうでもどうでもよかったけど……まあ…………」
「………………」
気まずい沈黙がおりる。
「誰かを助けたら際限がありませんから。食われる側でなく食う側になるしかないですよ。どこかの誰かは目に留まる者かたっぱしから救おうとしていましたが……それはそれでエゴですよね」
疲れた様子でふうっと煙を吐き出すセシルを見て、なんだか不思議な気分になった。
「わたしは、誰かを助けるひとになりたいな」
「じゃあ身を守れるくらい強くなって、回復魔導覚えてください。僕が助かります」
セシルがふーっと煙を吐きながら言う。
「そういう助かるじゃなくってっ! もう、ちゃかさないでよ」
「………………」
突然セシルが立ち止まり、両手でハルカの肩を掴んだ。
「いいから、ケガしないでください」
低い声で絞り出すように言う。
普段ヘラヘラして何考えてるのか分からないセシルだがーー鋭く睨みつけられて、ハルカはすくみあがった。
ーー怒ってる。これはめちゃくちゃ怒ってる。
ハルカは何か言おうとして、やめてを繰り返しーー結局口をつぐみ、首を縦に振った。
そして、しとしとと雨が降っていることに今ごろ気づいたのだった。
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