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Knight and Mist六章-3 黒歴史と設定とわたし

「熊か!? 熊なのかあたしは!?」

何か聞こえるが、必死に気絶したふりを決め込むハルカ。

何処とも知れぬ森の中。

辛うじて膝をついているイーディス、怒鳴るアザナルという名の女、気絶したふりのハルカ。

急にイスカゼーレが襲ってきて、イーディスが退治するも、アザナルに場を制圧された状態である。

アザナルはイスカゼーレ家の当主の娘である。

なぜ分かるかって? それは彼女が物語の登場人物だったからである。

強いのも当然。強さで言えばセシルと互角。非情さに欠けるため実際に戦うとセシルよりは強くないが、逆に言えばアザナルはいい人である。

ハルカは目を閉じながら考えた。

正直に言えば、黒歴史にこれ以上関わりたくないというのが本音である。特にアザナルはヒーロー、もといヒロインである。トリックスターのセシルとは黒歴史度が全然違う。

彼女が使うのは七大魔導全部のほかに、音を使った魔術がある。それは特殊能力で、詠唱もいらないもよう。

クガ時代の魔術ーーとかいう『設定』だった気がする。

ーーなどとかんがえていたら。

ドゴンッ!!

「いったーい!!!!」

思いっきし殴られた。

「無視決め込んでんじゃないのっ! それでハルカとやら! グリフォンの剣はどうしたわけ!?」

ハルカはしぶしぶ目線だけ上げてアザナルを見た。歳の頃は二十代半ばくらいだろうか。物語の設定ではアザナルの年齢は16〜17才だったから、そのときから十年ほど経った世界なのだろう。

アザナルのしかめっ面を見てハルカは考えた。

セシルは、ハルカのことがイスカゼーレに知れると厄介なことになる、と言っていた。

ハルカの知る限りでは、イスカゼーレには表の顔と裏の顔がある。

表の顔は宮廷楽士であり、王族の相談役である。

裏の顔は諜報機関、汚れ仕事役である。

アザナルはどちらかといえば表の顔のほうである。裏の顔も束ねる立場にあるが、本当に本当の暗部は知らされていないーーという設定だったはずである。

ならばーーこの黒髪碧眼の美女は味方なのか……?

「うーん、微妙」

ハルカは腕組みをして、首を傾げた。

セシルのことは問答無用で信用せざるをえなかった。

だが今は違う。

イーディスは信用できるし、エルフのことは可能なかぎり伏せておきたい。

(そもそも、アザナルとセシルはどこまで情報共有してるんだ……?)

セシルは暗部のほうの人間である。アザナルが知らなくてセシルが知っていることはやまほどあるはずであるーー設定のとおりならば。

(その設定もアテにならないんだよなー)

苦虫を噛み潰した顔でアザナルを見る。アザナルはハルカの返答を待っているようである。

その後ろでガチャリ、と重い金属音。

イーディスがアザナルの魔術を破って立ち上がったようだ。

「オラ、つづきだ」

ドスの効いた声で言い、剣を正眼に構えるイーディス。アザナルは片手を腰に当てたまま肩をすくめた。

「やってもいいけど。無駄に怪我するだけよ」

「ハッ、お嬢様は怪我が怖いのかい?」

「お嬢様だなんて、なかなか言われないから照れちゃうわね。相手の力量も分からないの? あなたじゃ私に勝てない」

「そっちこそ分からねえのか? お綺麗なところからじゃ見えねえ景色ってもんがあんだよ。相手の力量なんざ関係ねえ。やるときはやらなきゃ死ぬだけだ」

二人の睨み合いがつづく。

ーーと、そんなとき。

「お〜い、お前さんら。ちょっと待て待て!」

呑気そうな男の声が響いたのだった。


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